国際的にも喫緊の環境問題とは?企業や業界で取り組むべき課題を松下和夫先生にインタビュー

スペシャル ニュース
釣具業界 環境への取り組み特集

今回の特集では環境政策等で著名な松下和夫先生(京都大学名誉教授・日本釣用品工業会理事・(公財)地球環境戦略研究機関シニアフェロー)に話を伺った。

松下和夫先生
松下和夫(Matsushita Kazuo) 京都大学名誉教授、日本釣用品工業会理事、地球環境戦略研究機関シニアフェロー、日本GNH学会会長。環境省、OECD環境局、国連地球サミット上級計画官、京都大学大学院地球環境学堂教授(地球環境政策論)などを歴任。専門は環境政策、持続可能な発展論、気候変動政策。著書に「1.5℃の気候危機」、「気候危機とコロナ禍」、「地球環境学への旅」、「環境政策学のすすめ」、「環境ガバナンス」等多数

松下和夫先生は環境政策、持続可能な発展論、気候変動政策等の専門家で、環境省、OECD環境局、国連地球サミット上級計画官等を歴任。国の環境政策の立案等を行い、また幅広い研究を通じて気候変動や持続可能なガバナンス等について積極的な提言を行ってきた。国内外で活躍する、まさに環境政策の権威だ。

釣具業界でも各企業や団体によって環境に配慮した様々な取り組みが行われている。ただ、環境問題や環境への取り組みと一口に言ってもその内容は多岐にわたる。

松下和夫先生に、今世界でどのような環境問題が重要視されていて、どういった対策が行われているのか。環境問題への目の向け方や、企業や業界で取り組むべき課題などについて伺った。

気候変動、生物多様性、循環型社会の3つが重要テーマ

松下和夫先生
環境政策の第一人者として知られる松下和夫先生。日本釣用品工業会の理事も務めている

――最初にお伺いしたいのですが、今、世界ではどのような事が重要な環境問題として捉えられているのでしょうか。

松下和夫先生(以下、同様)「国際的に最も喫緊の課題として取り上げられているのは気候変動です。気候の危機、地球温暖化と言われている問題です。既にこの気候変動の問題は現実化しており、世界の各地で被害が出ています。日本でも記録的な高温や台風の大型化が起こっています。

アメリカではハリケーンや森林火災、中国では干ばつなど世界的に気候危機が現実化しています。パキスタンでは国土の3分の1が水没するという大洪水が起こりました。こういった危機に対応するために日本を含めて世界中の国が協力し、2050年までに地球温暖化の原因と言われる温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする取り組みが進められています。

2つ目は気候変動とも関係しますが生物多様性の問題です。今も多くの生物が地球環境の変化等の原因で、絶滅の危機にさらされています。

3つ目は循環経済の問題です。増え続ける廃棄物や商品のリサイクルをどのようにしていくのかといった課題です。この中には海洋プラスチックごみの問題もあります。2050年頃には海洋プラスチックごみの重量が海に生息する魚の総重量を超えるという予測もあります。

気候変動、生物多様性、循環型社会の3つが国際的にも重要な環境問題として捉えられています。こういった問題を解決するために、政府が使用している言葉で言えば『脱炭素社会』に向けた取り組みが進められています。CO2等の温室効果ガスの排出を削減する社会、自然と共生する社会、循環型経済の実現。こういった3つの社会の変化を進めていく事が、今日本を含めた世界の重要な課題だと言えます」。

コロナ禍やロシアのウクライナ侵攻も環境問題と密接な関わりがある

――この3つ以外にも環境問題は数多くあるのでしょうか?

「先ほどの話に加えて、コロナ禍やロシアによるウクライナへの軍事侵攻によって起こっている問題も、実は気候変動や生物多様性、循環型社会といった環境問題と、お互いに関連し合っています。

例えばコロナ禍の問題は、従来は住み分けされていた生物と人間との距離が、都市の開発や森林破壊、またグローバルに人や生物が移動する事により起こったとも言えます。動物から人へ伝播する感染症は森林破壊、集約農業、気候変動等にも原因があります。生物と人との関わりが適切に整理されていれば、今回のパンデミックは防げていた可能性もあります。

また、ロシアによるウクライナ侵攻も環境問題と関係があります。ロシアはウクライナを支援する欧州等へ天然ガスの供給を遮断する事を1つの武器としています。もし、我々が天然ガスや石油など化石燃料に依存しない経済に移行していれば、ロシアに対する依存度も減らす事が出来ていたはずです。今も続いている戦争の被害も、より小さく抑える事も出来たのではないでしょうか。化石燃料に代わり、再生可能エネルギーを中心とした循環型社会を作る事は、結果的に戦争を防ぐ手段にもなり、同時に生物多様性の保護にも貢献します。

一般的には環境問題とは関わりがないと思われている問題も、実は環境問題と密接に関連し合っています。環境問題を解決していくには、物理的な側面だけでなく、文化や社会など全てが関わった総合的な取り組みが求められます」。

釣りは子供たちへの教育面でも素晴らしい効果が期待できる

――松下先生は日本釣用品工業会の理事も務めておられますが、釣具業界で行われている環境への取り組みについて、どのように考えておられますか?

LOVE BLUEの水中清掃
LOVE BLUE事業の水中清掃の様子。釣具業界では昔から環境に配慮した活動が多数行われている(出典:日本釣用品工業会)

「釣具業界は以前から様々な団体や企業が釣り場清掃など数多くの活動をされています。私も理事を務めている(一社)日本釣用品工業会が行っている活動は、SDGsとも関わりが深いと考えています。SDGsとはご承知の通り、2030年までに持続可能でより良い世界を目指す国際目標ですが、その中で自然との共生、社会との共生、人とのパートナーシップ等が掲げられています。

まず、釣りという活動自体が優れた環境が無ければ存続出来ないレジャー・スポーツであり、自然と共生していく必要があります。また釣り人のマナーが悪ければ、環境の悪化や地域社会にも迷惑をかけてしまい、社会との共生が出来なくなってしまいます。釣り人のマナー問題は環境問題とも深く関係があります。

一方で、今の子供たちは自然と触れ合える機会が乏しいと言われています。釣りは適正に活用できれば、子供が生きた自然と触れ合える機会を作る事が出来る素晴らしいスポーツだと思います。子供たちへの教育面でも優れた効果があると思っています」。

――釣具業界が環境への取り組みを行う際に、どういった事を考慮して行えばよいと思われますか?

「SDGsでも社会との共生やパートナーシップがうたわれていますが、釣具業界も業界単独で様々な活動を行うだけではなく、地元自治体や環境活動を行っている地域の団体とパートナーを組み、地元の方々に受け入れられ、歓迎されるような取り組みを進めていくと良いのではないかと思います。

LOVE BLUEのロゴ
このマークがついている釣具の売上が活動の資金になっている

釣具業界では、以前から各団体や企業が清掃活動等を熱心に行われています。これは非常に素晴らしい事だと思いますし、業界独自で『つり環境ビジョンコンセプトに基づくLOVE BLUE事業』として、魚のマークの付いた商品を販売し、その収益で水中のクリーンアップ等も行っておられます。さらにLOVE BLUE助成として、清掃活動など水辺の環境保全を行っている多くの団体に地球環境基金を通じて助成金を出されております。これも非常に優れた活動だと思っています」

――釣具業界でもSDGsに賛同する企業が増えています。SDGsに賛同する事で、企業はどのようなメリットがあるのでしょうか?

SDGs
(外務省国際協力局のパンフレットより)

「SDGsに取り組む事で、それぞれの企業の活動が社会や環境とどう関わっているのかを点検する事になり、どういった課題があるのかを把握する事が出来ます。またSDGsの項目を見ていけば、将来的にどのような事が大切になっていくのか、また新しいマーケットはどこにあるのかといった事業展開のヒントを掴める事もあります。

SDGsをはじめ、企業においても環境問題へ目を向け、対応をしていく事は、今は経営面でも重要な要素となっています。SDGsに取り組む企業の方が、ステークホルダーとの関係性の向上や、資金調達、優秀な人材採用に有利になっているという事例もあります。

特に国際的な取引をする企業では、環境に対する取り組みがビジネス上で必須となるケースもあります。例えばアップルは使用する電力について、全て再生エネルギーを使用すると決めています。アップルが日本にデータセンターを作ろうと考えた場合、日本では再生エネルギーを十分に確保出来ないとなれば、データセンターは他の国に作る事になるでしょう。こういった要求は取引先にも求めてきますから、サプライチェーンから日本の企業が外されてしまう可能性もあります。

日本の企業も環境への取り組みを強化しなければ、国際的な評価の下落を招き、競争力が落ちてしまう恐れもあると考えています」。

脱炭素大競争時代は既に始まっている。脱炭素に成功した国や企業が国際社会をリードする

再生可能エネルギーのイメージ
再生エネルギーの普及を加速させていく事は、環境に良いだけでなく国際社会でビジネスを有利にするためにも必要だと思われる

――企業ではどのような環境への取り組みが行われているのでしょうか。

「地球温暖化への対策で言えば、国内では大企業を中心に国の方針と併せて、企業の活動から出されるCO2をゼロにする取り組み等が行われています。RE100といって企業が自らの事業の使用電力を100%再生可能エネルギーで賄う事を目指す取り組みも行われており、世界や日本の企業が参加しています。

取り組みの具体的な内容としては、再生可能エネルギーは太陽光発電や風力発電の活用によって生み出されますから、使用する電力を可能な限り再エネにする動きが拡がっています。また建物の断熱化を行い、省エネを推進する事やリサイクルの拡大等が行われています。こういった環境への取り組みを評価する国際機関もあります。

松下和夫氏
世界では脱炭素大競争時代が既に始まっており、日本も乗り遅れてはならないと語る松下和夫先生

環境への取り組みは、各企業や産業の将来にも深く関わってきます。

例えば自動車産業を見ると、世界では化石燃料を使用しない電気自動車が増えています。心配なのは、日本はガソリン車が中心のマーケットです。国内にトヨタをはじめ世界的な自動車メーカーがありますが、電気自動車の販売では世界で10位にも入っていません。もちろん、これからシェアを伸ばす努力をされると思うのですが、私の感覚では力の入れ方が足りません。

新車販売では中国や欧州では既に10%以上が電気自動車です。中国等も国が補助金を出し、コスト競争力を高めて電気自動車の普及に努めています。世界の自動車市場は、電気自動車が中心になるように走り出しているのです。

日本はガソリン車やハイブリッド車では世界を席捲しましたが、次の時代の電気自動車ではどうなるのか分かりません。環境問題への対応は企業の判断やそれぞれの産業にも大きな影響がありますから、その最新の動向を注視しておくことは、ビジネスの上でも必要だと思います。

気候変動はここ10年が勝負の年といわれています。国際的に見ても、電気自動車をはじめ航空業、輸送機器等、すべての活動に低炭素が求められています。脱炭素大競争時代は既に始まっており、脱炭素に成功した企業や国が国際社会で勝利を収めるのではないでしょうか」。

――風力発電や太陽光発電など再生エネルギーについて、日本の使用率はどうなっているのでしょうか。

「国として再エネを増やそうとはしていますが、私の見解ではまだ足りていません。現在、日本国内の発電電力量に占める再エネの使用率は20%ほどで、2030年に36-38%にするとしています。しかし、イギリスやドイツは既に40%以上を達成しています。

各国の再生エネルギーの使用割合をあらわしたグラフ
出典:自然エネルギー財団HPグラフより作成。表は2022年3月18日の状況

また再エネの価格も日本は諸外国と比べると高いのです。世界的にみると、太陽光や風力発電は、石炭や原子力発電より発電量あたりのコストが下がっています。ですから再エネの普及が加速するのです。

日本の再エネの普及が遅れている原因としては、2011年の東日本大震災があります。震災による原子力発電所の停止により、石炭火力を増やした事は大きな要因です。

他に直接的な要因ではありませんが、物事の決め方も再エネの普及が加速しない1つの要因であると思っています。日本ではエネルギー政策について、特定の業界を中心とした関係者のみで決められる傾向があります。本来はもっと幅広く、多くの人々に環境問題に関心を持ってもらい、意見を述べて反映される仕組みが必要だと考えています。

再エネの使用率を増やすには、送電線網の整備や風力発電の開発など、まだまだ出来る事は多くあります。再エネを増やす事は環境だけでなく、安全保障や国際収支の改善にも役立ちます。日本は海外からエネルギーを買うために年間約11兆円を支払っていますが、そのエネルギーを国内で賄えば、それだけの資金の海外流出を防ぐ事にもなります」。

環境に配慮した商品やサービスを提供し、なおかつ社会との共生を図る

松下和夫先生
再エネの使用率を増やすために出来る事はまだまだあると語る松下和夫先生

――各企業では今後、どういった事を考えて環境に対する取り組みを行っていけばよいのでしょうか。

「これは釣り関係の企業に限らず、どの業界でも同じ事が言えると思うのですが、それぞれの企業は社会的責任を果たしながら、消費者が求めるモノやサービスを作り、収益を上げていく必要があります。その際に、気候変動、生物多様性、循環型社会といった課題に配慮した商品やサービスを提供し、なおかつ収益を上げて地域とも共生が図れる事が望ましいです。

例えば企業で使用しているエネルギーを、出来るだけ効率化や省エネを行い、削減していく事が大事です。また再エネに入れ替えるのも良いと思います。照明器具をLEDに変える、建物の断熱化をアップさせる、製品を製造するプロセスを効率化する、より効率的な機械を導入するなど、様々な点をチェックすると良いと思います。短期的にコストは掛かっても長期的にはコストの節約になる事も多いと思います。

それぞれの能力を自由に伸ばせる事が、国や企業が継続的に発展していくために必要

また、働き方についても考えるべきです。会議などもオンラインで出来るものはオンラインを活用し、海外出張なども含めて、無駄な移動を減らす事も環境への負荷を低減する事に繋がります。

ただし、無理に冷暖房を使わないなど、関係者に我慢を強いる取り組みは長続きしません。健康も大切ですから、適切な冷暖房を心がけると良いと思います。

働き方もフレキシブルで、快適かつ環境に与える負担が少ない事が企業でも家庭でも求められると思います。

また、日本ではまだ意識が低いのですが、ジェンダーの平等問題も関係があります。国会議員や管理職に占める女性の役割が先進国の中でも日本は低いのです。企業でも女性幹部が多い方が、業績が良いというデータもあります。また、若い世代の意見が反映されるように、企業も若い人の声をよく聴く事も大事です。

釣具業界も女性アングラーが増えていますが、これは企業戦略としても産業としても大切な事です。多様な意見を聞く事が出来、それが反映されるからです。男性にとっても女性にとっても不平等は良くないのです。

国の発展の仕方も、それぞれの能力を自由に伸ばせる社会が、長期的には伸びていくはずです。国、企業、団体もオープンな状態で色々な意見を取り入れ、それに応えていく仕組みが必要なのです。

こういった自由のない独裁国家の場合、一時的に成功する場合もあるでしょうが、将来にわたり継続的に発展する社会にはならないでしょう。環境問題に対応していくためには、こういった社会の在り方も大いに関わってくるのです。 釣りの業界も今後の社会、文化、価値観の変化を見通しながら、対応していく事が大事だと思います」

(了)

松下和夫先生の最新刊

知の新書G03「1.5℃の気候危機:脱炭素で豊かな経済、ネットゼロ社会へ」
1,430 円(税込)

松下和夫先生の著書。1.5℃の気候危機

大丈夫か!ガラパゴス化の日本の気候対策!

気候危機は私たちの生存の問題であるのに、政府や専門家たちが考え対処してくれるものと考えがちです。しかし、世界の動向を見ると、日本の気候政策や産業政策がガラパゴス化してしまっているのではないかとも思われます。本書は地域からの脱炭素化への取り組み、2050 年ネットゼロ社会移行の課題 、コロナ後及びカーボンニュートラルに向けての新しいエネルギー政策を明快に説きます。「わたし」の気候危機としての必読書です。

詳細はコチラ →  知の新書G03 松下和夫「1.5°Cの気候危機」 | bookEHESC

関連サイト → 公益財団法人 地球環境戦略研究機関(IGES: アイジェス)

関連サイト → 日本GNH学会 – 日本GNH学会 (js-gnh.net)

釣具業界各企業等が行っている環境への取り組みを紹介 → 「環境への取り組み特集」

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