前回は、神出鬼没な若イカの移動回遊を知ってもらうため、日本各地の水産研究所が行ったタグ標識実験を紹介した。
前回の記事 → 【海野徹也】魚に愛、自然に感謝、釣り人に幸。~アオリイカ 若イカの回遊~ 驚きの大回遊を解説
前々回の記事 → 【海野徹也】魚に愛、自然に感謝、釣り人に幸。~アオリイカの生態と資源~
長崎県野母崎で放流された胴長12㎝の若イカは11日後、直線移動距離は170㎞も離れた鹿児島県日置市吹上町で再捕された。
佐賀県唐津市波戸岬で11月に行われたタグ標識実験では、長崎県五島列島まで移動した若イカも確認できた。
日本海側の富山県若狭湾敦賀半島沖に10〜12月にかけて放流された若イカは、放流場所から2〜70㎞移動していた個体もあり、1日の平均移動距離は6〜6.5㎞だったという。
山口県長門市青海島で10月に放流された若イカは、32日間かけて約250㎞も離れた長崎県五島列島北部海域で再捕された個体もいた。
基本的に、アオリイカ資源の中心は1年を通じて水温が高い九州沿岸や五島列島と考えられる。
ただし、春から秋にかけて全国的に水温が上昇すると、一部の若イカは日本海を北上し、場合によっては津軽海峡を越える大回遊をする群も出現する。また、水温が低下する秋になると、暖かい九州や五島へと避寒・越冬回遊する。
親イカには非回遊型と回遊型がいる…?
今回はアオリイカの親イカの移動回遊と産卵生態、イカシバを中心とした資源保護について紹介してみる。
まず、親イカの回遊はどうだろう。県水産試験場(水産研究所)が九州で実施した親イカのタグ標識実験を紹介しよう。
1992年4月14~17日にかけて長崎県五島福江島で放流された胴長13~30㎝の親イカの例では1個体が約1カ月後に平戸沖で再捕されている。親イカが五島列島から九州沿岸に回遊することを証明した貴重な記録である。
1994年4月25~26日に長崎県平戸沖で275個体の親イカ(胴長12.5~44.2㎝)がタグ標識放流された。そのうち再捕された19個体について貴重なデータが得られている。
19個体のうち10個体は放流場所(平戸)付近で再捕された。比較的移動した9個体をみると、1個体が放流から5日後に上五島で再捕されただけで、8個体は佐賀や福岡方面で再捕されている。このうち、胴長35.5㎝と26.5㎝の個体は、放流から11日および23日後に110㎞先の福岡県津屋崎沖で再捕されている。
なお、再捕された19個体の平均移動距離は33㎞で、1日の平均的な移動距離は3.1㎞だった。
放流16日後に120㎞離れた地点で再捕
1993年4月20~23日に佐賀県呼子沖で128個体の親イカ(胴長14~39㎝)がタグ標識放流され、4個体が再捕された。4個体のうち3個体は東方向への移動で、中には16日後に120㎞離れた山口県青海島(長門市)での再捕だった。
今のところ、春の親イカのタグ標識放流実験は九州西岸や五島列島に限られるが、データを概括すると、五島列島や九州沿岸の親イカは非回遊型と、響灘や山陰まで移動する回遊型に分かれるようだ。
九州だけではなく、四国や紀伊半島の親イカも非回遊型と回遊型がいて、回遊型は豊後水道や紀伊水道を北上して瀬戸内海まで移動するだろう。
残念ながら、親イカが非回遊型や回遊型になる生理・生態学的な理由は不明だ。
回遊型の場合、移動によって体力を消耗するため、産卵には不利だ。その一方、回遊によってアオリイカの生息域が拡大する可能性もある。さらなる種の繁栄を託されたのが回遊型かもしれない。
アオリイカの卵は数より質?その産卵生態とは
イカたちの回遊には目的がある。生息しやすい適水温を求めた適温回遊、豊富な餌を追いかける摂餌回遊、産卵場を求めての産卵回遊などだ。先に紹介した親イカ移動回遊の目的は産卵がメインである。そこで、アオリイカの基本的な産卵生態を紹介する。
アオリイカの産卵は基本的に早朝から夕方までで、深夜から日中に産卵するケンサキイカとは異なる。
アオリイカのメスは体内で作られたゼリー状物質に卵を包みながら、数個単位の卵が列なった卵嚢を漏斗から産み出し、腕を使って海藻(草)などの産卵基質に巻き付ける。通常、メスは複数個の卵嚢を同じ基質に産み付け、卵塊が形成されている。
実際、親のアオリイカはどれくらいの卵を産むのだろうか。京都府農林水産技術センター海洋センターと山口県水産研究センターが親イカを飼育し、産卵数を観察した例がある。
結果を紹介すると、メスは産卵期中に1~11回の産卵を繰り返したという。1回(1日)の卵嚢数は少ない時には数本で、多い時には300本を超えるという。よって、1回の産卵で産み落とされる卵数は、少ない時で数個、多い時では2千個を超えるという。
とはいえ、アオリイカの産卵数はイカ類の中では少ない。
逆に、アオリイカの卵のサイズは、イカの中では大きく、産まれた仔イカの生存能力は高いと考えられる。アオリイカの卵は、数より質ということだ。
アオリイカが卵を産み付ける基質はアマモ、ホンダワラ、イソバナなどの海藻だ。
産卵場の好条件としては、基質となる海藻があり、河川水(淡水の流れ込み)や風波の影響が少ない湾だろう。なぜなら、アオリイカの卵や産まれた仔イカは汽水に弱く、淡水で3倍に薄めた海水では、卵や仔イカのほとんどが死亡する。
また、風波によって海藻がちぎれることで卵塊が沖に流されると、産まれた仔イカは肉食魚の格好の餌食になってしまう。
卵サイズを大きくすることで、仔イカの生き残りを優先したアオリイカは、私たちの想像以上に産卵場を吟味している可能性がある。