今回は広島大学生物生産学部の海野徹也教授を紹介する。
海野教授はクロダイ(チヌ)研究の第一人者で、一般紙や釣り雑誌への執筆活動も行っている。魚釣りに関連する著書も多数。近年は(公財)日本釣振興会の評議員も務めている。
また魚の生態、成長、放流、資源管理など幅広い知見を持っている。そんな海野教授の紹介と、現在取り組んでいる研究等について広島大学で伺った。
クロダイの研究は30年以上。研究を始めたキッカケは「もっと釣れるようになりたい!」
海野教授は30年以上クロダイの研究を続けているが、研究を始めたキッカケは「釣り」だ。
そもそも海野教授は子供の頃から魚釣りが大好きで、大人になってからは「G杯(チヌ)」の全国大会に何度も出場していたほどの本格的な釣り師だ。
「子供の頃からクロダイ釣りが大好きで、クロダイの事ばかり考えていました。学問を学んだら、クロダイがもっと釣れるようになると思って研究者になりました。
でも、学問を学んでも思ったようには釣れませんね(笑)。
私の座右の銘は『釣りは感性、学問にあらず』です。
学問が釣果の決め手になるのであれば、私は相当にクロダイを釣る人になっていると思いますが、私より上手な方は沢山いらっしゃいます(笑)。釣りは奥が深いですよ。
それはさておき、今は「釣り」より「研究」にどっぷりハマっています。昔から人々の身近な魚であるクロダイですが、その全てを知りたいと思い研究を続けています。
恐らくクロダイの7割程度は分かったと思うのですが、まだまだ分からない事も多いのです」と海野教授は語る。
研究室には釣り好きの学生も多い。釣りは研究の役に立つ
海野教授が勤務する広島大学生物生産学部は、食の対象となる生物を研究する学部だ。その中の「水圏統合科学プログラム」に海野教授は所属しており、学生と一緒に水生生物やそれらを取り巻く環境について研究を行っている。
「研究室には釣り好きの学生さんも多く集まってくれて、非常に助かっています。例えば、『グレ』など魚の名前を言えば釣り好きな学生はすぐに魚の姿や生息場所をイメージ出来ます。釣り人にとっては当たり前の事ですが、一般的にはそうではありません。また、釣り好きの学生は基本的に『魚愛』があります。
さらに、研究では海に出て野外調査も多いのですが、釣り好きの学生は現場にも慣れているので調査がスムーズです。釣りは研究に役立ちますよ」。
最近の研究としては、広島湾でクロダイの卵の量を調査しており、その調査範囲を広島湾から芸予諸島(瀬戸内海西部)まで広げて調査を行っているそうだ。
そもそも広島県は数年前までクロダイの漁獲量が全国1位であり、放流も盛んだ。クロダイは昔から人間との関わりの深い魚だ。
海野教授が子供の頃は広島県でも「にっぱちのチヌ」と言われ、2月と8月のクロダイは特に美味しいと言われ、高級魚として食べられていた。
1970年代には獲り過ぎによってクロダイの資源が減少し、一時は危機的な状況になったが、放流事業によってV字回復を果たした。放流に関して他の都道府県の見本となる海域だ。
ただ、資源が豊富になると今度は値崩れの問題が出てきた。またカキ養殖の害魚にもなっている。
広島大学で昔からクロダイ(チヌ)研究が盛んな理由とは…?
海野教授をはじめ、広島大学では昔からクロダイの研究が盛んだが、それは広島湾にクロダイが豊富に生息している事と大きく関係している。
「研究は材料が採れなければ成り立ちません。クロダイの卵を採取する場合、海の水をすくっていくのですが、クロダイ1尾が1日10万個の卵を産んでいるとしても、海水1㎥の中にいくつ卵があるかが重要なのです。
瀬戸内の一般的な海域であれば、1㎥の中に卵が数個あればすごく多いといったレベルなのですが、広島湾では60個から時には100個以上になる事もあるほどクロダイが豊富に生息していて、研究材料には困りません。
ただし、クロダイの卵は豊富にあるといっても、研究は簡単ではありません。そもそも、どうやってクロダイの卵だと見分けていると思いますか? すくってきた海水をろ過して不純物を取り除き、最終的には一つ一つの卵をDNA鑑定や抗体染色してクロダイの卵だと断定していきます。研究は大変な手間が掛かります」。
それぞれの海域の卵の数を把握する事でクロダイの主な産卵場の特定が可能となる。また卵の発生段階を調べれば産卵時間も推定できるようになる。
広島湾ではカキ筏がクロダイの中心的な産卵場となっている事は分かっている。しかし、カキ筏がない海域で、クロダイがどのような場所で産卵しているのかは、実はまだ解明されていない。卵の数を調べていく事で、クロダイの全容解明に一歩近づく事になる。
クロダイの嗅覚を研究。「釣れそうなニオイ」は本当に効く?
他にはクロダイの嗅覚の研究も行っている。クロダイの鼻に電極を刺して、どのような匂いに反応するのか検証を行っている。釣り人にとっても非常に気になる研究だ。
クロダイが反応するのは揮発性ではなく水溶性の匂いを感じるので、人間が陸上で感じる「釣れそうな匂い」が、本当に水中にいるクロダイに有効かは不明だ。
研究によってアミノ酸には確実に反応する事が確認されているが、20種類あるアミノ酸のどれに最も反応するのか等、まだ分かっていない事も多いそうだ。
釣り人がクロダイについて常識として知っている事も、実際に研究をしていくと全く事実ではなかったり、疑問に思う事も多いという。
例えば、クロダイは性転換する魚として知られている。生まれて2-3年は全て雄で、そこから雄のままの個体と雌に性転換する個体に分かれると言われている。
しかし、海野教授らが小さなクロダイから大きなクロダイまで何千尾も調べた結果、この定説の真偽はかなり疑問で、しっかり検証した方が良いと海野教授は考えている。
「血なまぐさい」と言われるが、血液は臭くない。臭かったのは…!
クロダイの食用のためにも重要な「魚のニオイ」についての研究も行っている。
クロダイのどの部分が臭いのか。またその成分の特定等も行っている。
ちなみに「血なまぐさい」という言葉があるが、クロダイの血液は全く臭くない。身も臭くない。臭いのは皮と皮の表面のヌメリがニオイの原因になるそうだ。
ついに判明?「年なし」のクロダイは平均〇〇歳だった!
クロダイの年齢について調べた事もあるそうだ。50㎝を超える大型のクロダイは、何年生きているのか分からないほど大きいという意味で、釣り人の間では昔から「年(ねん・とし)なしのチヌ」と呼ばれている。
そこで、クロダイの耳石を調べ、実際に「年なしのチヌ」な何歳なのかを調べてみると、50㎝クラスのクロダイは平均17歳だったそうだ。ただ、40㎝クラスでも20歳代の個体もいれば、60㎝でも10歳代の個体もおり、必ずしもサイズと年齢は比例しないそうだ。
今までの調査では30歳のクロダイが最高齢だったそうだ。しかし、30歳のクロダイもその場で釣られなければまだ生きたはずで、「クロダイは何年生きるのか」といったように魚の正確な寿命は「誰も分からない」というのが正解のようだ。
釣り人にも興味深い研究を海野教授は数多く行っているが、海野教授は「遊漁学」をした事はなく、純粋な「生物学」の研究を続けている。クロダイの全てが解明される事で、他の魚種の理解も当然深まっていく。
今は専門性を活かし魚種を変えて研究を行う研究者が多いそうだが、一つの魚種にここまで没頭して研究を続けている学者は少なく、ユニークな教授として知られている。
「クロダイがどう生まれて、どう生きて、どう死んでいくのか。成長、動き、エサ、ニオイや味への反応など、私が死ぬまでにはクロダイの全ての事を解明したいですね」と海野教授は語る。
(了)
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