前回は、日本沿岸に放流されている主な7魚種、マダイ、クロダイ、ヒラメ、ハタハタ、ニシン、カレイ類、トラフグの放流実績の動向について紹介した。
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現在、放流尾数が最も多いのは市場価値が高いヒラメだ。2位は、魚の王様マダイ。3位を争っているのが、北日本に生息するハタハタとニシン。5位はカレイ類で、市場価値が安定したマコガレイが中心。6位はトラフグ。産卵・成育場と機能している瀬戸内海を中心に放流が盛んだ。
放流開始からマダイやヒラメとともにトップ3として君臨していたのがクロダイ。放流尾数は、最盛期の1996年(平成8年)に約900万尾に達したが、その後減少し続け、今では60万尾となっている。
最近の傾向として、メバル類やハタ類といった根魚が人気だ。価格が安定し、放流地先に留まるため漁業者に好まれる。地域性豊かなご当地魚、アイナメ、スズキ、サワラ、アマダイ、アカムツなども増加傾向にある。今後は種苗放流の対象種については、多様化、高級化、ご当地化が加速しそうだ。
日本は海産魚の種苗放流で約60年の実績があり、対象種数や尾数で世界を牽引してきた放流先進国だ。
ただし、長年にわたる種苗放流の経験によって、いくつかの問題も明らかとなった。今回は、放流魚の飼育環境が原因となった問題を中心に解説する。
過保護生活からジャングル生活へシフトする放流魚
放流魚が育った環境は人工飼育施設である。限られたスペースで、数十万尾の放流魚が生産されるため、高密度(集約的)生産は避けられない。そのため、陸上の飼育水槽は単純な構造で、例えば、自然界にあるような、岩、砂、海藻はない。また、流れもほとんど無く、水温も一定に調整されている。
さらに、人工飼育施設では労せずとも十分な餌がもらえ、捕食者に襲われることもない平穏な環境だ。
ところが、放流によって放流魚の環境は激変する。私たち人間に例えるなら、過保護な環境で育てられた幼子が、いきなりジャングルに放り出され、自律生活を余儀なくされるようなものだろう。
以後、放流後の問題について代表的な例を紹介しよう。
放流時に経験するパニック状態
まず、放流時に経験するパニック状態だ。放流魚は慣れ親しんだ飼育水槽から放流場所までの間、活魚船か活魚トラックで輸送され、海に放流される。
輸送の間のすし詰め状態は放流魚にとってストレスだ。かと思えば、今度は、自然界に放流され、見たこともない世界が広がる。放流された魚はパニック状態で、右往左往に泳ぎまわる。
パニック状態に陥った魚は捕食者の恰好の餌食に
次が捕食者の存在だ。水槽や網イケスで育った放流魚は、危険や恐怖を味わったこともなければ、捕食者の存在を知らない。警戒心を持たず、しかも放流後にパニック状態に陥った魚は捕食者の格好の餌食となる。捕食者としては、鳥類、魚類、甲殻類(カニやエビ)やタコなど様々だ。中には、放流魚同士の共食いもあるようだ。
深刻なエサ不足。放流魚は自然界のエサ情報を持っていない
餌不足も問題だ。放流魚は与えられた餌で育てられてきたが、放流後は自力で餌を見つける必要がある。ただし、放流魚は自然界の餌情報をもっていない。そのため、放流は餌不足に陥りやすい。餌不足によって体力を消耗した放流魚は遊泳力が低下し、捕食されやすくなることもある。
放流魚は燃費の悪いエンジンの車?
放流魚の体質も問題視されている。運動不足で高カロリーな飼料を食べて育った放流魚は体型や体質が天然魚と異なる。放流魚の肥満体は代謝回転が高く、餌から摂取したエネルギーを無駄に浪費する体質になっている。簡単に言えば、放流魚は燃費の悪いエンジンを積んだ車で、天然魚は燃費が良いエンジンを積んだ、小回りが効く車だ。
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