釣り人の要望を叶える漁協の取り組み
琵琶湖を有する滋賀県は、内水面の釣り王国といえるだろう。その主役はやはり陸封型の湖産アユ。今も自然再生産を繰り返し、安曇川や姉川の河口にある人工河川では県を挙げてアユの増殖に取り組んでいる。
湖産アユは初期からよく追い、よく掛かることで全国各地の河川に放流されてきた。その歴史は大正時代に遡る。当初は漁獲量を高めるためだったが、次第に遊漁振興目的の放流に切りかわっていく。
昭和時代の後期、ダムや堰の建設ラッシュはアユが育つ環境に大きな影響を与えたが、そのダメージを補ったのも湖産アユだ。湖産アユは友釣りの普及に大きく貢献してきたといえるだろう。
今回はその滋賀県を代表するアユ釣り河川、安曇川(あどがわ)の廣瀬(ひろせ)漁協を訪ねてみた。今回の取材はこの連載読者からのリクエストに応えるもので、「釣り人の要望を叶える漁協の取り組み」を紹介すべく、安曇川廣瀬漁協の佐野昇組合長と、西森政秋理事に漁場管理について話を伺った。
アユ釣りファンから支持される理由とは?
安曇川下流部を管轄する廣瀬地区へ多くの釣り人が足を運ぶのは、しっかりとした漁場管理が行われているからだ。
それは「ただ魚が釣れる」というだけではなく、入川道や駐車場の案内看板が設置され、ほぼ毎日のように河川状況や釣果情報を「HRC廣瀬鮎塾」というブログから発信している。
初めてこの河川を訪れる方や高齢者にも優しい釣り場だといえるだろう。
アユ釣りファンから支持される理由・1
「鉄壁の守り、万全のカワウ対策」
取材当日、約束の朝8時よりも1時間前に漁協へ到着した。「組合長も西森さんもいないよ。カワウを追い払いに行ってるよ」と常連の釣り人が教えてくれる。後で聞くと、それがアユ解禁日以降の日課になっている。
夜明けから川に釣り人が並ぶまでの2―3時間、組合長と西森さんはロケット花火を持ってカワウを追い払うために川を巡回する。カワウは臆病なので人が近くにいると大胆な捕食行動をとらない。
解禁前は3月下旬からカワウ対策の準備が始まる。カワウの飛来を防止するために、漁区内全域に5―8mの間隔で川を跨ぐようにテグスを張り巡らせる。
まずは河原に杭を打ち込んでそこに3mの竹棒を括り付けて固定する。テグスはできるだけ高い位置で、風切り音を出すためにピンピンに張らなければならない。
廣瀬漁協の漁区は流程7kmほどでそれほど長くはない。それでもこのテグス張り作業は重労働であることは間違いない。「クタクタになるけど3日間もあればできるよ」と組合長は笑い飛ばすが、漁協スタッフ以外にも釣り人のサポートがこの作業を可能にする。川やアユを守ろうとする姿勢が釣り人を自発的に動かしているといえるだろう。
このテグスによるカワウ駆除は約20年前からようやく一部区間の許可が下りるなど、全国で初めて実施するまでに苦労は絶えなかったそうだ。今ではその資材費に補助金が出るまでになった。
エアライフルによる駆除や、最近ではドローンによる威嚇なども行われている。だが、河原を黒く染めるまでに繁殖したカワウにはどれも十分な効果を得られないという。廣瀬漁協では最も労力を必要とするテグスを使った人海戦術を今も継続している。
そして、漁協がしっかりと川を守るからこそ多くの釣り人が足を運んでくれ、シーズン中は釣り人がいるからカワウが川に近づかないという好循環をもたらしている。
アユ釣りファンから支持される理由・2
「健康なアユを育てる事も冷水病対策」
湖産アユが溯上する安曇川だが、廣瀬漁協はその自然からの恵みをアテにしていないという。今期は7kmの流程に1.6トンの湖産アユを放流。天然遡上アユは不漁の年もあれば、数多く溯上しても友アユサイズに育たないこともあるので、毎年ほぼ決まった量の湖産アユを放流している。
放流で大切なことは「良質の種苗を選ぶことと、放流するタイミング」だと佐野組合長はいう。まだ収束していない冷水病が発症する時期(水温)までに健康な個体を育てることで歩留まり率がまったく変わってくるそうだ。アユはコケを食むことで病気にも強くなるので、コケがしっかりと石に着いていることが放流の条件となる。
長年の取り引きがある養魚場であっても、魚の質が悪ければ仕入先をかえることも必要。放流は魚と川を見る目が必要となる。
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