前回は、長期的な視点で、海産魚の種苗放流の最終目標やリスクについて解説した。
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海産魚は寿命が長く、多回産卵を行うので次世代回収型を目的とした放流がメインだ。すなわち、放流魚が成長し、既存の魚と繁殖することによって、資源の増大を図るというものだ。
放流魚の受け皿としての環境を整え、成育や産卵を促進し、必要なら漁獲規制を行うことで資源の生産性を高め、漁獲するのが栽培漁業である。
一方、種苗放流によって、対象種の遺伝的多様性が損なわれないことが大切なミッションだ。
遺伝的多様性は、様々な環境変化に柔軟に対応し、将来に向けて生き抜くための財産でもあり保険でもある。数少ない親魚から生産された放流魚が資源に加入すれば、既存資源の遺伝的多様性を喪失させる可能もある。
放流事業のための資金の確保はこれからの課題だ。これまで、放流事業の資金は、公的機関や漁業者(関連機関)によって支援されてきた。
ただし、漁業従事者は高齢化し、人数も減少している。そのため、水産事業への交付金も減少している。今後は、漁獲制限や環境整備によって資源を適切に管理することが益々、重要になってくる。
これまで種苗放流について概説してきたが、今回からは各論として、釣り対象種の放流などについて取り上げてみたい。まず、クロダイの生態と放流について解説してみる。
昔から釣り人に大人気のクロダイ(チヌ)。その生態を解説
クロダイ釣りは、ウキ釣り、落とし込み釣り、かかり釣り、ルアー釣り、フライなど、トップクラスのバリエーションがあり、熱狂的な釣りファンも多い。クロダイの生態については様々な情報が溢れているが、釣り人として、そして、研究者としてクロダイの生態について解説してみる。
クロダイの全国の漁獲量は、10年くらい前まで年間4千トン近くだった。ところが、現在、クロダイの漁獲量は年間3千トンくらいまで減少してる。
とはいえ、漁獲されている平均サイズを500gとすると、1年間に600万尾が漁獲されていることになるから驚きだ。
最近(2018年)の県別漁獲量をみると、1位が兵庫で295トン、2位が愛知で278トン、3位が愛媛で216トン、4位が福岡で208トン、5位が広島で205トンとなっている。
釣り人からクロダイの好釣り場として周知されているのは広島かもしれないが、数年前から、漁獲1位の座を明け渡してしまった。
世界に先駆けて種苗生産に成功。かつてはマダイと共に放流魚の主力だった
種苗放流尾数も激減している。クロダイは1960年台、世界に先駆けて万単位の種苗生産に成功し、マダイと共に放流事業の主力だった。最盛期(1996年)には約900万尾だったものが、今では年間60万尾まで激減している。
全国や広島のクロダイの漁獲量の減少は、種苗放流尾数の減少に起因している可能性もある。
その一方で、現在、県別漁獲量がトップの兵庫県では、公的機関によるクロダイの放流が行われていないなど、両者の関係ははっきりとしない面もある。
~生息域と食性~
クロダイが好んで食べるのは表在性の付着生物だ。簡単に言うと、岩や砂地の表面に付着している生き物だ。貝類、海藻、時にはヒトデや海綿などだろう。
クロダイの歯は前歯が犬歯状で、奥歯は臼歯状になっており、食性に特化している。前歯は付着している貝類を岩から剥離し、奥歯は硬い貝殻などを砕くのに都合がよい。
クロダイは典型的な内湾性の魚類で、瀬戸内海に多く生息する。実際、全国漁獲量の半分が瀬戸内海に依存している。太平洋や日本海(離島)でも、クロダイの数釣りや大物釣りで有名な釣り場は湾が形成されている。
こうしたクロダイの内湾性の生息域は食性と密接な関係がある。
クロダイが好むのは貝類で、その貝類が育つにためには、餌となる豊富なプランクトンが必要で、そのためには川からの栄養塩の供給が必須となる。
閉鎖的な湾内に川が流れ込んでいるいと、供給された栄養塩が滞留しやすく、貝類の餌となるプランクトンも繁殖し、プランクトンを餌とする貝類も育つからだ。
クロダイ釣りで有名なポイントでマガキやアコヤガイ養殖が盛んなのは貝類が育つ環境の証しだ。
クロダイは潮間帯に生息する付着生物を好む。潮が引くと露出するような場所に生息する、フジツボ、マガキ、イガイが良い例だろう。
クロダイが瀬戸内海に多い理由の一つは、瀬戸内海は干満差があり、そこにはクロダイが好む潮間帯生物が豊富だからだ。「湾・河川・干満」の3つが、クロダイが好む生息域のキーワードになる。
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