渓流釣りをしていると、熊が出没するような山奥に入って釣りをすることも多くなります。
今回は、もし釣具メーカーのテスターが、山奥での動画撮影中に熊に襲われケガをしてしまった場合、メーカーに対しての損害賠償請求は認められるのかどうかを弁護士の先生に解説して頂きました。

テスターが熊に襲われ骨折、後遺症も…。安全には配慮していたのに…
弊社は釣り具メーカーです。先日、弊社の若手テスターが釣りの撮影中に熊に襲われて大怪我をする事故が起きてしまいました。
弊社は渓流釣り用の商品を中心に展開しています。新製品の渓流ロッドのPR用動画撮影のため、現地ガイドに依頼し、テスターとカメラマンと一緒に渓流に入って撮影を行っていました。
現地ガイドとの事前の打ち合わせでは「熊はこのあたりは滅多に出ません。一応、クマよけの鈴は付けていますし、撮影は問題なく出来ると思います」との話でした。
撮影現場となる渓流はかなり山深い場所ですが、今年に入って熊の目撃情報もなく、ガイドも付いているので撮影は問題なく出来ると思っていました。
念のため、テスターもクマよけの鈴や撃退スプレーも持参し、撮影が行われました。
撮影の途中にカメラマンが熊の存在に気付きました。ただちにカメラマンはテスターとガイドに熊がいる事を伝えました。ただ、熊は走ってこちらに近付いてくるなり、テスターを襲いました。
テスターは腕や肩などを何カ所も引っ掻かれ、骨折もする大怪我となりました。熊が去った後、テスターを介抱し、移動させて救急車を呼びました。幸い、命に別状はなかったのですが、腕は全治6カ月で後遺症が残りました。
後日、このテスターが弊社と現地ガイドに対して、特に後遺症が残った事に関して、高額な損害賠償を求めてきました。
大変な事故だっただけに、治療費や入院費は弊社が全額負担しました。また、いくらかの見舞金も出す予定でした。しかし、今回の訴えに関して、どのように対応すれば良いか困惑しています。
そこで弁護士の先生に質問です。
このテスターは弊社が依頼した業務中に、弊社としては想定外に熊に襲われ大怪我をしてしまいました。しかし、弊社は現地ガイドも雇い、安全面にも配慮していました。弊社はテスターの訴え通りの賠償を行う必要はあるのでしょうか?
※質問の内容はフィクションです。実際の企業、団体、人物等とは一切関係ありません

「安全配慮義務」に違反していないか?がポイント
以下、弁護士の先生の回答です。
本件において、貴社のテスターは、貴社に対して、熊に襲われたことで大怪我をし、後遺症が残ったとして、そのことによって被った損害の賠償を求めてきています。
このような損害賠償請求の根拠は、会社が従業員の生命や身体の安全を確保するために必要な配慮を講じる義務(以下「安全配慮義務」といいます)に違反したことを理由とするものであると考えられます。
したがって、ご質問のケースにおいて、貴社が安全配慮義務に違反していた場合には、テスターの損害賠償請求が認められ得るでしょう。では、今回のケースで貴社は安全配慮義務に違反しているといえるでしょうか。
そもそも、熊のような野生動物に襲われて怪我をすることは一種の自然災害ともいえるところ、このような自然災害によって従業員が怪我をした場合にも安全配慮義務違反は認められるのでしょうか。
この点について、過去の裁判例(仙台地方裁判所平成26年2月25日判決)では、地震による津波が迫った際、銀行の支店長の誤った指示に従い屋上に避難したことで従業員が死亡したという事案があります。
この事案では、会社は、従業員らに対して、その生命及び健康等が地震や津波といった自然災害の危険からも保護されるよう配慮すべき義務を負っていたとして、自然災害についても安全配慮義務を負うと判断しています。
そのため、自然災害によって従業員が怪我をした場合にも、会社は安全配慮義務に違反したと評価される可能性があります。
そもそも、事故を会社側は予見できたか?
それでは、ご質問のケースにおいて、貴社は安全配慮義務に違反したといえるでしょうか。
安全配慮義務に違反したといえるためには、まず、従業員の怪我の原因となった事実を会社が予見することができたことが必要です。ご質問のケースでいえば、テスターが熊に襲われることを予見できたことが必要となります。
ご質問のケースでは、事前の打ち合わせにおいて現地ガイドから「熊はこのあたりは滅多に出ません」と伝えられており、熊が出現する可能性が低いエリアであるということが判明していました。また、撮影現場となる渓流は、今年に入って熊の目撃情報もなかったとのことです。
したがって、過去に撮影現場となる渓流における熊の目撃情報が何度もあったなどの事情がない限りは、熊が出現し襲われることを予見することは通常困難でしょう。そのため、熊に襲われて怪我をすると予見できたとはいえません。
一方で、今年熊の目撃情報がなかったとしても、去年や一昨年など近い時期に撮影現場となる渓流の近くで熊が何度も出現していたという記録があるのであれば、再度熊が出現する可能性は比較的高いといえるでしょう。そのため、このような場合にはテスターが熊に襲われて怪我をすることも予見できたといえます。
もし事故を予見できたとして、十分な対策を取っていたか?

では、仮にテスターが熊に襲われることを予見できた場合はどうでしょうか。熊に襲われることを予見できた場合に、会社が安全配慮義務違反の責任を問われるのは、従業員の生命・身体の安全を確保するために十分な対策を取っていなかったときです。
ご質問のケースでいえば、熊に襲われないように十分な対策を取っていたかが問題となります。
貴社は、熊に襲われないための対策として、テスターにクマよけの鈴や撃退スプレーを持参させています。
また、撮影現場となる渓流付近の地理や環境に詳しい現地ガイドに依頼を行い、従業員の安全を確保するための措置を行っていたといえます。
しかし、熊が出現し襲われることを予見することができていたのであれば、過去に熊が出現した場所を確認し、熊が出現する可能性が低いルート・場所での撮影を行う計画を立てることもできるでしょう。また、熊が出現した場合の対応方法を事前に指導することもできたものと考えられます。
したがって、熊に襲われることを予見できた場合に、このような対策を行っていなかったのであれば、対策が不十分であったとして安全配慮義務違反が認められる可能性が高いです。
以上のとおり、去年や一昨年など過去に撮影現場近辺で熊の目撃情報が何度もあったなどの事情がない限り、貴社が安全配慮義務に違反したと評価される可能性は低いです。そのため、貴社がテスターの訴えどおりの賠償を行う必要は低いといえます。
事前調査と安全対策を徹底しよう!
従業員が業務の遂行中に野生動物に襲われた場合に損害賠償責任を負わないためには、そのような事態を予見できたか、予見できたとして十分な対策を取っていたかが重要となります。
会社としては、現地に詳しいガイドに依頼するだけでなく、事前に、数年遡った過去の野生動物の目撃情報や被害情報を収集しておき、業務を行う現場で野生動物に襲われる可能性があるかを調査しておく必要があります。
野生動物に襲われる可能性が認められた場合には、対策グッズを所持させることに加え、野生動物が出現する可能性が高いルート・場所を避ける計画を立てたうえで、事前に野生動物に遭遇したときの対応方法を指導するなどの十分な対策を取っておくことがポイントとなります。
【回答者:弁護士法人咲くやこの花法律事務所 弁護士・木曽綾汰】
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