釣り具メーカー社員のミスで被害額1000万円以上。損害賠償請求は出来る?【弁護士に聞く】

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「釣具業界の法律相談所」は、釣具業界でも起こる可能性のあるトラブルについて、弁護士の先生に聞いて見解や対処方法を紹介するコーナーです。

今回は、社員のミスで多大な被害が出た場合、損害賠償請求はできるのかについて弁護士の先生にお聞きしました。

「釣具業界の法律相談所」のカット
     

ルアーテスト用のプールの水を止め忘れ、工場内が水浸しに…

私は釣具メーカーを経営しています。先日、ミスを起こした社員との間で訴訟問題になってしまいました。

弊社はルアーの製造販売を行っています。会社の工場内には長さ15m、幅4m、深さ3mの大型プールを設置しています。このプールを使って、テスト中のルアーを実際に泳がせて、ルアーの動き方やルアーが潜る水深、水中でどのような動きになっているかなどを何度も確認し、完成品まで仕上げていきます。

プールの維持には様々な費用が掛かりますが、良いルアーを作るためには欠かせない設備です。プールは定期的に清掃し、水の入れ替えも行っています。

先日、弊社の従業員にプールの清掃と、水の入れ替えを指示しました。清掃は順調に終了したのですが、プールの水に関して問題が起こってしまいました。

プールに水を張るには、通常で半日以上掛かります。水道の閉め忘れを防ぐため、弊社では必ず人のいる時間帯に水を入れることにしています。また、プールで水が漏れていても困りますので、水を入れる際は1時間毎に水位のチェック表に記入するなど、事故の防止策を行っていました。

しかし、担当した社員はプールの水位を毎時間チェックすることを怠っていました。他の仕事をしながら、何度かは水位を確認しに行ったようです。最終的に、問題の社員は他の仕事に気を取られていたのか、水道を止めることを忘れて、帰宅してしまいました。他の社員もプールに水を入れ続けていることに気付かず、全員が帰宅してしまいました。

翌日の朝一番に出社した社員が、工場内が水浸しになっていることに気付き、慌てて水道を止めると共に、私に連絡をしてきました。私も急いで会社に行って状況を確認しましたが、納品する予定だった商品の一部、機械の一部、資材の一部などが水に浸かってしまい、いつくかは廃棄せざるを得ない状態になっていました。

損害額は安く見積もっても1000万円以上になります。損害額もさることながら、納品予定だった商品が水に浸かってしまい、お客様に多大なご迷惑をお掛けすることは、今後の営業にも支障が出る恐れもあります。

問題となった社員も出社し、他の社員と協力しながら片付けを行い、私にも謝罪してきました。問題を起こした社員に損害額の全額の補償を要求することは、現実的に無理だと思います。そのため、私はその社員に対し、厳重注意に加えて、今後このようなミスを犯して欲しくないという思いで、無駄になった水道料金の10万円分だけは請求することとしました。

しかし、その社員は「確かに自分の不注意で水を止め忘れ、申し訳ない結果となったが、水道代の補償は行う気はない」と全面的に争う結果となってしまいました。

そこで弁護士の先生に質問です。この社員に、水道代だけでも補償してもらうことは、法律的に問題があるのでしょうか。ご回答をお願いします。

(※質問は全て架空の内容です。実際の企業等とは一切関係がありません)。

ミスをした社員のイメージ
どんな会社でも起こりうる社員のミス。莫大な損害額になった場合、企業側が取れる対応は…?

【弁護士の回答】損害賠償請求は認められる可能性あり

ご質問のケースのように、社員が業務上のミスを犯して会社が損害を被ったとき、会社は、ミスをした社員に対してその損害を補償するよう請求することができるのでしょうか。「ミスをしたのであれば、その責任は取ってもらえるはずだ」と思われるかもしれません。

結論としては、ミスをした社員に対する損害賠償請求は認められる場合もありますが、必ず認められるともかぎりません。以下、順を追ってご説明します。

まず、法律的な原則についてご説明します。

法律的には、契約に違反して契約の相手に損害を与えてしまった場合、契約に違反した人は損害賠償責任を負うのが原則です(民法415条)。そして、会社と社員の関係も「雇用」(民法623条)という契約上の関係です。

そのため、会社は、雇用契約を根拠にして、社員に対して一定の業務を行うよう命じることができ、社員も注意を尽くして業務を行わなければなりません。もし社員が業務上ミスを犯し、そのミスが雇用契約に違反するといえる場合、ミスをした社員は、会社に発生した損害を賠償する責任を負うこととなるのです。これが法律上の原則です。

では、水道を止め忘れた御社の社員は、御社との雇用契約に違反したといえるのでしょうか。

結論としては、ご質問の社員は、雇用契約に違反したといえるでしょう。

まず社員は、水の入れ替えを指示されていました。そのため、社員は水道の栓を開けた後にはきちんと閉めることが求められていました。また、御社のルール上、水を張る際には、水道の栓の閉め忘れがないように必ず人のいる時間帯に水を入れることとされ、水が漏れないように1時間ごとに水位のチェックを行い、表に記入することにもなっていました。

そうすると、プールの水の入れ替えを担当する社員は、指示どおりに1時間ごとに水位のチェックをするなどして水が漏れないよう注意するとともに、開けた水道の栓を閉めることが業務上求められていたといえます。にもかかわらず、ご質問の社員はプールの水位を毎時間チェックすることを忘れ、水道の栓を閉めることなく帰宅してしまいました。ですので、ご質問の社員は、必要な注意義務を怠っており、御社との間の雇用契約に違反したといえます。

契約破棄のイメージ
今回のケースに法律の原則を当てはめると、社員は雇用契約を違反したこととなる

損害賠償はどの程度まで請求できる?

では、御社は社員に対して、発生した損害すべてについて責任を負わせることができるのでしょうか。

結論としては、法律上1000万円以上の損害全部について損害賠償請求することはできません。なぜなら、ご質問のケースでは、先ほどご説明した法律上の原則に対する例外のルールがあてはまるからです。

その例外のルールとは、損害全部を労働者に負担させることが「公平」でない場合は労働者の責任が制限される(民法1条2項)というものです。これは、「会社は社員を雇用して利益を上げる活動をしているのだから、活動の結果生じた損害についても負担すべきである」という考え方に基づくもので、「報償責任の原則」などと呼ばれます。

では、「公平」でないかどうかはどのように判断するのでしょうか。ケースバイケースで判断することになりますが、裁判所は、労働者の責任が制限されるかどうかは、①労働者の落ち度、② 労働者の地位、職務内容、労働条件、③ 会社のリスク管理の程度などを考慮して判断しています(最高裁判所昭和51年7月8日判決参照)。

これをふまえて、ご質問のケースについて検討します。

① ご質問の社員は、他の仕事に気を取られていたためか水位のチェックを怠っていました。水位のチェックは一時間ごとに行い、チェック表に水位を記入するという作業で、複雑なものとはいえないでしょう。たとえば、毎時タイマーをセットしておくなど、少し注意していれば回避できるミスだったといえ、落ち度は小さくありません。

また、② 社員の社内での地位や業務の内容、給与などの労働条件などは明らかではありませんが、釣具メーカーの社員として、商品であるルアーの開発業務に携わっており、その一環で使用するプールの清掃や水の入替作業も担当社員の通常の業務の範囲内だったとすると、特殊な知識や技術が求められたり、臨時的な業務だったりした場合に比べて、ミスをしたことの落ち度は大きいといえるでしょう。

他方、③ 御社は、プールの水道の栓の閉め忘れを防ぐため、人のいる時間帯に水を入れる、水位のチェック表を付けさせるなどしており、一定のリスク回避措置はとっていたようです。

しかし、プールがある工場内で水漏れが発生しても納品予定商品が汚損しないように、納品予定商品を別の場所に移動させるといった措置がとられていたか、担当社員が忘れていても他のメンバーでカバーできるようにダブルチェックすることにしていたかどうかなどは明らかではありません。もし、そのような工夫が簡単にできたのにしなかったのだとすると、損害が発生したことについて、御社にも相応の落ち度があったといえます。

このような事情のほか、社員が水漏れ後の後始末を手伝って反省しており、御社に意図的に損害を与えようとしたわけではないこともふまえると、御社が社員に損害を賠償してもらうことができるとしても、損害の全部を負担させることはできないと考えられます。

とはいえ、御社が社員に請求しているのが全損害1000万円のうち水道代10万円であり、全損害のうちの1%程度に過ぎず、水道代を社員に負担させるとしても不公平とはいえないので、水道代10万円の損害賠償を請求することは可能であり、この請求は認められうると考えられます。

リスクのイメージ
社員のミスを引き起こさないためにも、日頃から十分なリスク回避措置が重要だ

以上にご説明したとおり、会社は、社員のミスで会社に損害が生じたからといって当然に損害賠償請求できるわけではありません。社員のミスによって会社に損害が出た後に社員に損害をカバーしてもらおうと考えるのではなく、日頃からリスク回避措置を十分にとっておくことが重要です。

【回答者:弁護士法人咲くやこの花法律事務所 弁護士・小林允紀】

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