カキ筏とクロダイの生態
1.浅い遊泳水深
食害問題を解決するための一助として、マガキ養殖場に生息するクロダイの移動や回遊を調べたこともある。マガキ養殖場で、釣獲した7尾のクロダイに水圧(水深)センサー付きの超音波発信器を装着し、のべ65日間の追跡に成功した。
結果としては、7尾のうち6尾が養殖場内を回遊した。マガキ養殖場のクロダイは,沿岸に移動することはほとんどなく、カキ筏に依存した回遊生態を持つのだろう。興味深いことに、マガキ養殖場のクロダイは決まった筏に滞留することは希で、毎日、定位する筏を変えていた。また、マガキ養殖場の水深は15~25mであったが、クロダイの遊泳深度は概ね10mより浅く、マガキ養殖の垂下連(構造物)の設置深度と概ね一致した。
広島湾のカキ筏はクロダイ釣りの大会が開催されているほど、釣り人に人気がある。ところが、筏のクロダイは神出鬼没で、クロダイが移動回遊するルートは予測できない。たまたま、クロダイの回遊に当たった筏なら釣果も期待できる。
筏からのダンゴやフカセで、クロダイがヒットするタナは、ほとんどが底付近だ。ただし、通常、筏のクロダイの遊泳水深は浅いので、釣れるクロダイは、釣り人の撒き餌によって底まで誘導されたものだ。
2.産卵場として機能
水中カメラを用いて、一台の筏のクロダイ生息尾数を調査したところ、約220尾と推定された。広島湾のカキ筏の数を1万台とすると、220万尾のクロダイがカキ筏を利用していることになる。カキ筏はクロダイの餌場としての機能を持ち、しかも、構造物によるシェード効果があり、クロダイの住み処として最適だろう。
その他、クロダイにとって、カキ筏は重要な機能を持つ。広島湾のクロダイの産卵場を明らかにしたところ、筏が集結するマガキ養殖場がクロダイの主産卵場であることが明らかになった。
さらに、最近の研究で、広島湾のクロダイの産卵期が早まっていることが明らかになった。原因として考えられるのが、温暖化による水温上昇と、クロダイの主産卵場として機能しているカキ筏の存在だ。水温上昇によって、深みや沖に越冬回遊せずに、利便性の高いカキ筏に、周年、生息する非回遊型のクロダイが増えたと考えられている。
また、クロダイの主産卵場として機能しているカキ筏は、冬期から春先にかけて中・上層の水温が比較的高く、クロダイの産卵の早期化に影響しているだろう。クロダイの産卵が早期化すると、産まれた仔魚が低水温で育たなくなったり、仔魚が食べるプランクトンが不十分であることがある。
クロダイにとって産卵は、子孫繁栄のための大切なイベントである。ただし、カキ筏に主産卵場を形成することは、プラスに働かないだろう。
カキ筏で養殖されているマガキにとって、クロダイは害魚かもしれない。しかし、カキ筏の存在が、クロダイという魚の生態を変えてしまった可能性もある。
現在、カキ筏の一部は「害魚を駆除する」という目的で、釣り人に開放されている。クロダイ釣りを後世に残したいなら、釣り過ぎには注意してほしい。
(了)
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