「釣具業界の法律相談所」は、釣具業界でも起こる可能性のあるトラブルについて、弁護士の先生に聞いて見解や対処方法を紹介するコーナーです。
今回は、お客様の過剰なクレームや要求について、どこまで対応すべきかについて弁護士の先生に聞きました。
「離島の釣り場で新品の竿が折れた!竿の交換と遠征費用を補償しろ!」
弊社は釣具店です。あるお客様の過剰なクレームや要求に頭を悩ませています。
そのお客様は、当店でよくお買い物をして頂いている方です。先日も10万円以上する磯竿と、高級リール、その他用品類を含めて、一度に30万円近いお買い物をして頂きました。ただし、以前から買われた商品の性能が思った通りでないと「違う物と交換して欲しい」と言われるなど、理不尽な要求をしてこられる方です。
先日もこのお客様から連絡があり、「先日買った磯竿が、釣り場で使ったらすぐに折れた。最初から傷が入っていて折れかけていたのではないか。遠征で飛行機や船を使い、離島にある釣り場まで出かけたのに、釣竿がすぐに折れたので釣りが満足に出来なかった。竿の交換と遠征費用を補償して欲しい」とクレームがありました。
当店では、釣竿を買って頂く際には、必ず店員が竿に異常がないかどうか、一度竿を伸ばしてチェックしています。そのため、買って頂いた時点で折れているといった事はあり得ません。
しかし、後で調べると、このお客様が買われた釣竿は、新人のアルバイトが対応した事もあり、レジで竿を伸ばすなどのチェックは行っていませんでした。
釣竿は通常の使用方法で折れる事はありませんが、カーボンで出来ているため、衝撃等が加わると折れる事もあります。通常、釣竿には保証書がありますので、免責金額をお支払い頂き、新しい商品と交換する流れとなります。
しかし、そのお客様は当店の対応に全く納得されず、逆に当店のスタッフに「高い商品を買ってあげているのに、更にお金を払わすとはどういう事だ。客に迷惑を掛けるのもいい加減にしろ。社長と話をさせろ」と店内で大きな声を出され、周りのスタッフも止めに入る事態となり、後日話し合いをさせてもらう事となりました。
そこで弁護士の先生に質問です。
まず、お客様の折れた釣竿について、法律的にお客様に対していくらかでも補償する必要はあるのでしょうか。釣竿がどういった理由で折れたかは不明です。当店で保管している時に、何かの衝撃があった可能性も全くゼロではありませんが、そのような傷は見た目では発見不可能です。
また、釣竿が折れた場合、釣りが全く出来ない場合もあります。お客様は釣り場に行くために飛行機代や船代も含めて15万円ほど掛かったと言われています。当店で釣竿の保管等に問題があった場合、こういった遠征費用を一部でも補償する必要があるのでしょうか。
ご回答、よろしくお願い致します。
(※質問は全て架空の質問です。実際の企業等とは一切関係がありません)
【弁護士の回答】法的に認められる要求か判断を!
釣具店を含む小売業界では、法的に根拠のない返品・返金要求や謝罪要求など、顧客から不当なクレームを受けることが少なくありません。貴社も顧客から理不尽な要求を受けてお困りのことと思います。
このような顧客対応は、対応を誤ってしまった場合、今後も顧客から同様の要求がなされ続けることになりかねません。そして、対応を担当する従業員は疲弊してしまい、最悪の場合退職者が続出する事態も想定されます。また、厚生労働省も「カスタマーハラスメント対応企業マニュアル」を公表しており、企業は適切に顧客に対応することが社会的にも求められています。
以下では、こういった観点も踏まえてご説明します。
まず、顧客は貴社に対して、釣竿の交換を要求しています。このような要求に対して対応する必要はあるでしょうか。
売った物が不良品だった場合、法律上、売主は、買主からその物の修理や交換などを要求されれば、その要求に従う必要があります。これを契約不適合責任といいます(民法562条)。
もっとも、現実に売主が修理や交換などに応じる必要があるのは、買主が買った物が不良品であったことを証明した場合に限ります。つまり、ご質問のケースでは、購入時に釣竿に傷が入っていたなど、折れかけていた状態であったことを顧客が証明しない限り、貴社は釣竿を交換したり何らかの補償をしたりする必要はありません。
以上のような法律上のルールを踏まえ、対応手順に沿ってご説明します。まず、今回のケースで、顧客は、買ったばかりの釣竿がすぐに折れた、最初から傷が入っているなど折れかけていたのではないかと述べて、釣竿の交換等の補償を要求しています。
そのため、初めに釣竿の使用回数や釣竿が折れた経緯など、顧客の言い分を詳細に聞き取り、記録しておきましょう。これは、釣竿が折れた原因が釣竿にあったのか、それとも顧客の釣竿の使い方に問題があったのかを判断するために必要となります。
次に、顧客の言い分が事実といえるかどうかを調査します。商品に関する苦情があった場合には、問題の商品の現物を回収するように努めます。今回のケースでも、現物を回収することで、釣竿の折れ方や傷などを調査して、何が原因で釣竿が折れてしまったのかをある程度推測することが可能となります。同時に、ヒアリングした顧客の言い分と釣り竿の状態が整合しているかどうかも確認しましょう。
これらの調査の結果、釣竿の売却時に釣竿に欠陥があったことが明らかでない場合や、顧客の言い分の信用性に疑問がある場合、貴社は、顧客が要求するような補償に応じなくても問題はありません。
レジで釣竿を伸ばすなどのチェックを行っておらず、売却時に傷などの欠陥があったかどうかはっきりしない場合であっても、顧客が釣竿に欠陥があったことを証明しない限り、顧客の要求に応じる必要はありません。
この場合、貴社は、顧客に対しては、「調査の結果、釣竿に傷やひびなどの欠陥があったことは確認できませんでした。そのため要求に応じることはいたしかねます」と言って要求を断ってしまって構いません。
なお、売却商品に欠陥がなかったと自信を持って購入者に主張するためにも、売却時にレジで商品をチェックするよう徹底することが望ましいことは言うまでもありません。
売却時に欠陥があった場合、遠征費用の補償は必要?
次に、仮に貴社の釣竿の保管に問題があった場合、釣り場に行くための遠征費用を補償する必要があるでしょうか。
そもそも、貴社に損害を賠償する責任があったとしても、賠償すべき損害の範囲は、釣竿に欠陥があったことと相当な因果関係がある損害に限られます。具体的には、①釣竿の欠陥から一般的に生じるであろうと認められる損害(「通常損害」といいます)、②特別の事情によって生じた損害であって、当事者が特別の事情を予見すべきであった損害(「特別損害」といいます)の2つの損害です。
つまり、釣り場に行くための遠征費用が、①通常損害か、②特別損害に当たる場合には、貴社は遠征費用を補償する必要があるということです。
まず、①の通常損害に当たるかを検討してみます。釣竿に欠陥があった場合に一般的に生じる損害としては、主にその釣竿の交換費用や修理費用であると考えられます。そのため、釣り場に行くための遠征費用などは通常損害には含まれないでしょう。
次に、②の特別損害に当たるかを検討してみます。遠征費用の損害は、顧客が磯釣りをするために、飛行機や船に乗って離島に遠征したという特別の事情によって生じたものです。そのため、貴社が、顧客が飛行機や船に乗って離島に遠征に行くことを予見すべきであった場合には、遠征費用の損害は特別損害に当たるといえます。
この点について、釣りは離島に行かなくても近くの海に行けば行うことができます。顧客から、購入した釣り竿を使用して釣りを行う予定の場所について何の情報も聞いていなければ、顧客が離島に行って釣りを行っていたという事情について予見すべきであったとはいえません。
しかし、例えば、顧客が普段から離島に行って釣りをしているという事情があり、そのことを顧客から伝えられている場合には、顧客が今回購入した釣竿を使うために離島に行くことも予見すべきであったといえます。
したがって、このような事情がある場合には、貴社は、釣り場に行くための遠征費用を補償する必要があります。
理不尽な要求は毅然とした態度で断ろう!
なお、法的に認められない理不尽な要求であるにもかかわらず、顧客に納得してもらうために顧客の要求に従ってしまうことは避けるべきです。
一度理不尽な要求に従ってしまった場合、なんでもしつこく言えば聞いてくれる会社だと認識され、顧客から今後も理不尽な要求が続くのみならず、どんどん要求がエスカレートする可能性もあります。
顧客から理不尽な要求がなされた場合には、まずは法的に認められる要求かどうかを判断しましょう。法的に認められない要求である場合には、毅然とした態度で要求を断ることが大事です。
理不尽なクレームに対する対応のポイントについては以下の記事もあわせてご参照ください。
参考情報:クレーマー対応8つのポイントとは?理不尽なクレームを解決!
【回答者:弁護士法人咲くやこの花法律事務所 弁護士・木曽綾汰】
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