「釣具業界の法律相談所」は、釣具業界でも起こる可能性のあるトラブルについて、弁護士の先生に聞いて見解や対処方を紹介するコーナーです。
今回の相談は、お店のスタッフが「新型コロナウイルスに感染するのが怖い」という理由で、出社を拒否してきた問題です。緊急事態宣言が度々発出され、感染者数も増減を繰り返しています。そういった状況で「店舗での勤務を休みたい」というスタッフの申し出は通るのか。弁護士の先生に答えてもらいました。
関連記事 → 緊急事態宣言地域への出張命令。問題はある?ない?新型コロナの各種トラブル【弁護士に聞く】 | 釣具新聞 (tsurigu-np.jp)
コロナ禍でも繁盛の店舗。スタッフから「感染が怖いので店舗の勤務を休みたい」と申し出が…。どうなる?
※質問は架空の質問です。質問に出てくる企業、店舗、スタッフも全て架空のものです
弊社は釣り具用品、アウトドア用品、スポーツ用品等を扱う小売店を展開している会社です。
店舗は主に都心部のショッピングモール等の商業施設を中心にテナントとして出店しています。弊社が店舗を展開している地域は人口の多い地域が中心であり、コロナ禍のため、緊急事態宣言が度々発出されていますが、お店は繁盛しています。
さて、何度か緊急事態宣言が発出されましたが、感染者数はなかなか減らず、むしろ増加傾向が続いています。特に、当店がある地域では医療崩壊のニュースが連日放送されています。新型コロナに感染しても入院も出来ず、十分な治療を受けられないのではないかと、従業員の中でも不安が広がっています。
そういった中で、当店で勤務する一部のパートさんや社員から「新型コロナに感染する恐れがあるので、店舗での勤務を休みたい」という申し出がありました。申し出のあったパートさんも社員も、普段の勤務態度には全く問題なく、店舗での貴重な戦力となっている人材です。
当店では、入店時にお客様の体温を検温する装置や消毒液の設置、マスク着用の依頼、レジ前にビニールカーテンの設置、徹底した換気や共有部分の消毒等を行い、コロナ対策には相当に力を入れて行っております。従業員やパートさんに対しても、出社前の検温や手指の消毒、マスクの着用等の対策も当然行っています。
ただ、仕事の性質上、多くのお客様に来店して頂き、必要な場合はもちろん接客もさせて頂きます。不特定多数の方と接する機会が多い事は、店舗を構える小売業という性格上、ある程度はやむを得ないと思います。
そこで、弁護士の先生に質問なのですが、一部のパートさんや社員から「新型コロナに感染する事が怖い」という理由で、仕事を休む事や、店舗での勤務をしたくないという要望に、会社として応える必要があるのでしょうか。いずれの場合でも、どういった話し合いをすればよいのでしょうか。
また、今後もコロナ禍の状況はある程度長期間続くと思われますので、従業員やパートさんから同様の要望が出てくる可能性は常にあります。会社として、従業員やパートさんに対して整備しておくべき制度や、気を付けておかなければならない点があれば教えて下さい。
【弁護士からの回答】雇用契約の内容として予定された範囲のものは、社員はその業務命令に従う義務がある。しかし…
一般に、会社は、雇用契約に基づき、社員に対して業務命令を出す権利があります。そして、その業務命令の内容が雇用契約の内容として予定されていた範囲内のものである場合は、社員はその業務命令に従う義務があります。
この点、御社の雇用契約書においては店舗が就業場所として記載されていると思いますし、小売業という性質上、リモートワークは困難ですから、リモートワークが雇用契約の内容として予定されていたとはいえないでしょう。
こういった点を踏まえれば、会社として一般に講じるべき感染防止対策を講じたうえで、社員に出勤するように命じることは、仮に感染リスクがあったとしても、御社の業務命令権の範囲内であると考えられます。
会社には、安全配慮義務があり、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をすることが求められますが、御社は、店舗でのコロナ対策を十分に行っており、社員に対して出社前の検温や手指の消毒、マスクの着用等の対策も行っていますので、業務命令として接客を命じても、安全配慮義務違反にはなりません。
参考情報:「安全配慮義務違反とは?会社が訴えられる4つのケースと対応方法」
現実的には、一方的に出勤を命じる事は会社の円滑な運営からは適切とは言えない
以上が法的な結論ですが、新型コロナウイルスの感染者数の増加傾向が続き、医療崩壊のニュースも連日放送されている現状において、新型コロナウイルスに対して社員が不安を感じることは当然であり、これを無視して一方的に出勤を命じることは、会社の円滑な運営の観点からは適切とはいえないでしょう。
会社の円滑な運営のためには、まず、社員がどのような部分に不安を感じているのかを聞き取り、会社の感染防止対策等をより充実させるなどして社員の不安を軽減させる取り組みをすることが必要です。
そのうえで、もし、自己判断で仕事を休む場合には給与を支給することはできないことなどを伝えたうえで、出勤してもらえるように説得していくことになります。
会社を経営し、社員の給与を支払っていくためには、感染リスクを避けて勤務を休むのではなく、十分な感染対策をしたうえで出勤してもらうことが必要なのだということを、社員に説明し、説得していくほかないでしょう。
それでも休む!という場合はどのような対応が適切?
では、それでも説得に応じず社員が仕事を休む場合は、会社としてどのように対応すればよいでしょうか。
まず、仕事を休む社員に対して給与を支払う必要があるかという点については、社員が有給休暇を取得した場合を除き、会社は仕事を休んでいる社員に対して給与を支払う義務はありません。
ただし、説得に応じずに仕事を休む社員を解雇したり、懲戒することには問題があります。
この点について参考になる裁判例として、福島第一原発事故の際の日本放送協会事件(東京地方裁判所平成27年11月16日判決)があります。
この事件は、NHKから業務を受託していたフランス人のラジオ放送担当者が、原発事故やその後のフランス大使館による避難勧告を受けて、業務開始の約2時間前に業務を放棄して国外に避難したことが問題になった事案です。NHKは、業務の放棄を理由に、このフランス人との業務委託契約を解除しました。
しかし、裁判所は、「東日本大震災及び福島第一原発事故発生当時の状況に照らすと、生命・身体の安全を危惧して国外等への避難を決断した者について、結果的に危険が生じなかったとしても、その態度を無責任であるとして非難することなど到底できない。」としてNHKによる契約解除を無効と判断しています。
この事件は、業務委託契約で働いていた担当者の事件ですが、危険や不安がある社会情勢のもとで、雇用契約で働いている従業員への対応を考えるにあたっても参考になります。
判決を踏まえると、新型コロナウイルス感染症に関して緊急事態宣言が出されている時期については、会社は社員に対して出勤を命じる業務命令を出すことはできるものの、感染を恐れて仕事を休んだ社員に対して、欠勤を理由に懲戒処分まですることは適切ではないと考えるべきでしょう。
他方、緊急事態宣言が出されていない時期についてまで、社員が出勤を拒む場合、生命・身体の安全に対して差し迫った危険があるとまではいえないため、業務命令に従わずに出勤しない社員に対して、懲戒処分を科すことも可能と考えられます。
このように一定の場合に、懲戒処分を科すことは可能ですが、普段の勤務態度には全く問題なく、貴重な戦力となっている人材に対して、懲戒処分を科すなどすれば、退職を招く危険もあります。
できれば、懲戒処分を科すといった対応をするのではなく、出勤してくれる社員に対して慰労金を出す一方で、出勤しない社員については給与は支給しないものの、また感染が落ち付けば勤務を再開してもらうように伝えることでバランスをとることが望ましい対応といえるでしょう。
参考情報:「出社(出勤)拒否する従業員への対応方法!解雇等について解説」
さらに、会社として社員の納得感をできるだけ高めるためには、感染リスクの問題について、従業員個々から要望があったときにその都度対応するというだけでなく、従業員の代表者と会社が定期的に話し合いを持つ仕組みを作ることが適切です。
感染拡大の状況を見ながら、定期的に話し合いを持ち、そのときの状況に応じて従業員の意見を聴き、会社として対応できる点は対応していくことで、従業員の理解を得ていく必要があります。
店舗で常時10人以上の労働者を使用している場合は、法律上、安全衛生推進者を選任することが義務付けられていることにも注意してください(労働安全衛生法第21条の2)。
なお、感染リスクを下げるという観点からは、時差出勤制度や昼休みの時間をずらして昼食の混雑を避ける制度を導入することが考えられます。
ただし、これらの制度を導入する場合に、就業規則において、業務上の必要性による就業時間の変更についての規定が設けられていない場合は、就業規則を変更することが必要になってくることに注意しましょう。店舗内に入店することができるお客様の人数を制限することも、社員の不安感を軽減するために有効といえるでしょう。
(了)
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