一般社団法人南紀串本観光協会の宇井晋介氏の連載「釣りで町おこし」。ここでは、釣りを通じた地域振興などについて話して頂きます。
「なんかめちゃ面白そうな大会ですね!」と言われる事の多い「珍魚釣り大会(正式名:珍魚釣り選手権)」は、串本で数ある釣り大会の中でも超ユニークな大会である。
釣り大会というと普通は高級な魚、いわゆる釣り人の言う「ええ魚」、しかも大きな魚を釣った人か、沢山釣った人が表彰される大会である。
ところが、この釣り大会で表彰の基準とされるのは「珍しさ」。
日本は世界でも有数の魚種が豊富な海に囲まれているが、釣り大会の対象にされる魚種はこのうちの一握り。これは大会に限らず日常の釣りでも一緒で、多くの魚たちはいわゆる「外道」、「雑魚」として扱われる事が普通である。
この大会は、この「主役」と「その他大勢の外道・雑魚たち」を逆転させてしまった大会である。
「雑魚・外道という魚はいない!」
この大会が生まれたのはもう10年以上前になるが、フィッシングタウン串本プロジェクトの取り組みの1つとして計画された。
ちょうど自身が水族館の館長をしていた頃であり、日頃からバラエティ豊かな串本の魚を目にし、また釣り人として活動しながら、なんとかこの沢山の種類の魚たちに日が当たる取り組みが出来ないかと考えていた。
そこで相談を持ちかけたのが、大阪でユニークな体験観光を手掛けられていたOさん。大の釣り好きでもあるOさんと釣りを活かした観光について色々と話をするうちに、まさにポンと生まれたアイディアであった。
そのアイディアが生まれた背景には、長い間釣りをしてきた間に生まれた、釣り人への不信感があった。
私は釣り師であり、また釣りをする人を見るのが好きだが、その時に心から嫌な思いをする事が度々あった。
例えば、釣りあげた外道を靴で乱暴に踏みつけて針を外す釣り人、乾いたコンクリートの上にまだ生きている魚を平気で放り出して何とも思わない釣り人、いらない魚と見るや足元に叩きつける人、そんな釣り人の嫌な一面をそれこそ数えきれない位見せられていたのだ。
釣れた魚がいわゆる「いい魚」かそうでない「外道」かで、余りにも違う扱いに、それこそはらわたが煮えくり返る思いになると共に、釣り人はもっと賢くならなければとずっと思っていたのだ。
「雑草という植物はない」と、かの日本植物学の父・牧野富太郎博士は言ったという。それでいうと、まさに「雑魚あるいは外道という魚はいない」はずなのに、釣り人は何のためらいもなくゴミ扱いする。釣りを通じてそれを教える方法はあるか。
釣り大会はどうだ? 魚の判定基準を変えれば、「良い魚」と「外道」が逆転するのではないか。そうした過程で、生まれた釣り大会であった。
気になる「珍魚」の基準は?
では、珍魚の基準はどうするのか。連載第1回で書いたように、日本には3000種以上に及ぶ多種類の魚がおり、串本はその中でも最も魚種が多い場所として知られている。
当時水族館生活30年を超えていたこともあり、まずは「自分が珍しいと思ったものが珍しい」という極めていい加減な決め方で、初代審査委員長に勝手に就任した(笑)。
魚の珍しさは図鑑に載っている、載っていないだけでは決められない。
分かりやすい例を挙げると、東北の海では珍しくないアメマスが、もし紀州の海に出現したらそれこそめちゃくちゃ珍しい事だし、逆に東北の海にカラフルなチョウチョウウオが出現すれば珍しい。そうした地方の特性を加味したうえで、珍しさに点数をつける事は意外と難しい。
ただ、これも回数を重ねるごとに正確性を増していき、大会開始から10年を超える今では「串本バージョン珍魚度数表」なるものが出来上がった。
これは串本での珍しさを点数表にしたもので、普通に見られるグレやアジ、サバ、アイゴなどから日本で数年前に初記録された魚までも含まれている。もちろん全て実際に釣り上げられたものである。
大会では「串本珍魚釣り水族館」が完成。終了後は全てリリース
この大会はやりかた自体は全く普通の釣り大会と違わないが、一番違うのは釣り上げた魚の扱いだ。
普通の釣り大会だと釣れた魚はクーラーやバケツへ直行するか、そのまま海へ返されるが、この大会では、全て会場に据え付けられた「水槽」に入れられる。
この水槽は「串本珍魚釣り水族館」と名付けられ、釣れた魚たちは全て生きたままここに大会終了まで展示される。
当然生きたまま展示されるので、魚の扱いは水族館飼育員のそれである。まず、魚には手を触れないことは必須で、針を外す際も同様、器具を使って触らずに水槽に入れる。エアレーションも完備し、魚たちは最後まで元気である。
釣りが終了すると、今度は全員がこの水槽前に集合。ここからがこの大会の本番で、水槽に展示された自分たちが釣った魚を前に魚のお話が行われる。普段はほとんどじっくり見ることもない「雑魚」たちの意外な美しさや姿の面白さに驚きながら、魚の話に耳を傾ける。
そしてお楽しみの表彰。表彰は珍しさの点数を尾数で積算した珍魚賞と、最も珍しい魚を釣った人への珍魚大賞の2部門。発表ごとに歓声が沸くが、立派なシマアジやマダイよりも小さなフグやベラの方が上位となるので、誰が優勝するかわからない。
プロ釣り師が小学生にガチンコで負けるなんて日常茶飯事で、会場は大盛り上がり。
最後、全ての魚たちは「いい魚」も「雑魚」もリリース。本当の「釣りの楽しさ」とは何なのだろうか、そう考えさせてくれる大会であると自負している。
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