【第10回】これからのアマゴ釣り場考察~紀伊半島・有田川の取り組み~

スペシャル ニュース

河川環境に合った増殖方法を取り入れるべき

(公財)日本釣振興会歌山県支部では、和歌山県北部を流れる有田川を中心に、漁協の活動に協力する形で漁場管理に参加したく考えている。この河川は和歌山県下において大阪方面からのアクセスがよく、本格的な渓流域を有している。二川ダムで水系は分断されているが、ダム下流域にも四村川や修理川などの大きな支流もあり、サツキマスやウナギなどの遡上も安定している。

そして環境面だけでなく、釣り解禁シーズンが他の河川と比べて極端に短いのも特徴だ。特別解禁日が3月20日(一般解禁日は翌21日)と遅く、漁期は6月いっぱいで終了し、7月1日から禁漁期に入る。この短い漁期設定には釣り人から不満の声も上がっているが、「魚を自然河川で育てて釣らせる」ためには、釣獲圧を低く抑えるうえでとても好都合だ。

現在、有田川では前年の7月に稚魚放流、解禁日の直前に成魚放流が行われている。

これは有田川に限ったことではないが、魚が育つ環境が厳しくなっていることから、前年に放流しても十分な資源量をキープできないケースも増え、解禁直後に「釣れない」という釣り人からのクレームを避けるために無難な解禁直前の成魚放流に力を入れる漁協が増えてきている。

ただ、その成魚放流が釣り人の渓流離れに拍車をかけている一面もある。解禁当初は釣果が上がっても、その後は貧果が続いて次第に訪れる釣り人が減少。予算がある釣り場では時期をズラした分散放流も可能だが、どうしても成魚放流だけではコスト高で、遊漁料収入だけでは漁場運営が成り立たない。特に最近では美しい野生魚を釣りたいという釣り人も増え、成魚放流ではそのニーズに応えられない。

佐藤先生たちが試験的に行った稚魚放流でも、1―2カ月後には約70%が消えてしまうという。30%残れば歩留まりが高いという見方もあるそうだが、最近の調査研究でも好環境でなければ稚魚放流の歩留まりはよくないというデータが出ている。

では、釣り人の欲求を満たすにはどのような放流方法が効果的なのか?

魚が育ちやすい環境が残っていれば生産性の高い増殖方法はあるのだが、実際には「これをすれば魚が増える」という答えは簡単に導き出すことはできない。産卵場の造成をしたとしても、すでに産卵場に適した場所があれば意味はないし、孵化率を上げることができても十分なエサがなければ魚は育たない。

佐藤先生が調査研究を進める生物間相互作用がアマゴの成育にも深く関係している。「森林環境を含めた河川環境に合った増殖方法を選ぶことが大切。長期的な視野では流域に自然林を復活させることも有効だ」と佐藤先生はいう。「釣獲圧力を下げるためのキャッチ&リリース区間を設けたり、禁漁区をローテーションさせることもやってみる価値はある」とのことだった。

自然再生産を活用した漁場管理は、脱・成魚放流の次なるステップ。漁協、河川環境に明るい研究者、釣り人の協力が不可欠だろう。

有田川漁協は2月末までに新組合長を決める選挙が行われ、令和3年度から新しい体制で漁場管理に取り組むことになる。有田川は関西きってのアユ釣りの人気河川だが、渓流釣り場の整備にも期待したいところだ。

アマゴの地域個体を守ることも大きな課題

有田川のアマゴ
有田川で採捕された在来個体と思われるアマゴ。渓流魚はその水系や枝沢によっても独自の進化を遂げている

アマゴの生息環境が厳しくなる中で、険しく奥深い紀伊半島の渓流には、その地域に特徴的な遺伝子を引き継ぐアマゴの天然魚が細々と生息していることが有田川や古座川で報告されている。

水産庁がまとめた「渓流魚の放流マニュアル」においても、天然魚が放流によって消滅することを危惧し、「天然魚を守りつつ、放流して魚を増やす」ことを放流事業の前提としている。渓流魚たちがそこに棲み着くまでの変遷を知るうえで、古くからその地域に生息していた天然魚はとても貴重な存在だ。

ヤマメやアマゴの養殖はニジマスほど古くはないが、昭和40年代ごろから盛んに放流が行われるようになった。今の時代のように種苗が簡単に入手できなかった時代には、釣り人が当歳の小さなアマゴを釣って、活かしたまま枝沢へ運ぶ自主放流も繰り返されてきた。

そのような経緯から、天然魚が自然再生産を繰り返す水域が残っているのはごく一部だという。

佐藤先生たちが釣り人の協力を得てアマゴの天然魚を調査したのは、有田川水系だけでも支流やその枝沢を含めると約200河川にも及ぶ。電気ショッカーなども使用するが、釣り人による釣獲調査でヒレの一部だけ切り取り、DNA分析をするという手間と時間をかけての天然アマゴの捜索だった。

話は少し逸れるが、紀伊半島の渓流を学生時代から調査研究してきた佐藤先生にとっては、世界のイワナ類の中で南限に生息するキリクチイワナも思い入れの強い魚だという。この絶滅した可能性が高い紀伊半島に棲むヤマトイワナ系の天然魚個体群や、有田川水系のアマゴの天然魚個体群は、釣り人にも尊い存在だといえるだろう。

天然魚個体群はその環境に適しているからこそ自然再生産を繰り返してきた訳だが、実際には繁殖力は弱まっているため、それら天然魚を人工的に増殖して放流することは容易ではないという。禁漁区を設置したとしても密漁者の危険にさらされることにもなるので、現時点では「そっと見守る」しかなさそうだ。

これからの内水面漁業は、天然魚個体群を守っていくことも一つの課題といえるだろう。

(了)

取材協力・情報提供のお願い

 この連載企画の取材を通して画期的な釣り場づくりに取り組んでいる方々や、調査研究で成果を上げている方々とお会いできることをとても楽しみにしています。読者の方々と一緒に未来の漁場管理の在り方を考えるコーナーを作るべく、現場を回って取材する所存です。

 読者の地元で「この釣り場の活動は素晴らしい」といった情報があれば、本紙編集部 mail@tsurigu-np.jp までご一報いただければ幸いです。よろしくお願い致します(岸裕之)。

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