前回は、海産魚の種苗を数万尾単位で生産する技術、すなわち種苗生産技術について解説した。種苗生産の成功は、主に3つの技術によってもたらされた。
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1つ目は、仔魚の初期餌料としてのシオミズツボワムシの発見とその大量培養方法の確立。自然界において、海産魚の仔魚の生死は、餌の多貧に委ねられている。シオミズツボワムシを仔魚の初期餌料として利用することで、仔魚の生残率が飛躍的に向上した。
2つ目は、仔稚魚の栄養要求の解明だ。仔稚魚期は一生のうちで最も成長速度が速く、外内部の形態変化を伴うため、独特の栄養要求を持つ。仔魚期における必須脂肪酸、ビタミン・ミネラル要求などを満たした餌や配合飼料が開発され、健康な種苗が生産されるようになった。
3つ目は、自然採卵法の確立だ。種苗生産のためには、魚卵の確保が必須だ。成熟した親魚群をコンクリート水槽に収容し、自然に近い状態で産卵・交配させ、受精卵を得る自然採卵法によって、良質な卵が大量に確保されるようになった。
これらの種苗の生産技術の確立に加え、1960年代から栽培漁業施設が各地で建設されたことで、種苗放流は全国規模で行われるようになった。
1982年から今日までの主要7種、マダイ、クロダイ、ヒラメ、ハタハタ、ニシン、カレイ類、トラフグの放流実績をふりかえってみる。
放流実績はマダイ、ヒラメがツートップ。ハタハタ、ニシンも多い
放流が開始された当初、放流対象種の1位はマダイだ。お祝い事にかかせないマダイは種苗生産技術の確立も早く、栽培漁業の象徴だろう。
最盛期の1990年台中頃(平成7年前後)にはコンスタントに2000万尾以上が放流されていたが、近年は減少傾向だ。
1995年(平成7年)に、マダイから1位の座を奪ったのはヒラメだ。放流が開始された当初、マイナーだったヒラメだが、美味で大型化するため市場価値が高い。1999年(平成11年)には、海産魚の中で最も多い約3000万尾が放流された。現在はマダイと同様、減少傾向だが、依然1位の座をキープしている。
クロダイは主役の座から陥落。盛期の10分の1ほどに減少
放流当初、マダイとともに主役だったのはクロダイだ。実は、万単位の種苗生産が最初に成功したのはクロダイだ。
また、クロダイの主生息域となっている瀬戸内海が栽培漁業の発祥地であることも追い風となって、1996年(平成8年)には約900万尾に達した。その後は1998年まで辛うじて3位の座をキープしていたが、近年、価格の低迷などによって放流尾数は減少し、今では盛期の10分の1、60万尾まで激減している。
意外かもしれないが、放流は北日本のハタハタやニシンといった魚が多く、現在はこの2種が3位を争っている。ハタハタは東北や北陸では大衆魚。漁獲量の激減によって種苗放流が開始された。また、全面禁漁や、全長や漁業(遊漁)の漁具の制限などの効果もあって、資源が回復しつつある。
ニシンは正月にはかかせない数の子の親だ。主に北海道や東北地方で放流されている。
カレイ類には、市場価値が安定したマコガレイが中心で、ホシガレイやマツカワなど高級魚も含まれる。
トラフグは単一魚種としては大健闘で6位の放流尾数だ。産地は下関が有名だが、瀬戸内海が産卵・成育場と機能している。そのため、瀬戸内海を中心に稚魚の放流が盛んだ。
放流対象魚の「高級化」と「ご当地化」が加速している
最近、放流尾数が増えているのは、メバル類やハタ類だろう。これらは根魚と言われ、放流後も放流海域(地先)に留まる(定着性が強い)ため、漁業者に好まれる。
ハタ類は大型化し、単価も高い。瀬戸内海で幻の魚と称されていたキジハタ(アコウ)は、放流によって資源が回復傾向だ。
数は少ないものの、地域性豊かな魚も放流されている。
例えば、高級魚としてしられるアイナメは広島湾で放流されている。
ルアーフィシングで人気があるスズキは広島や茨城で放流実績があり、サワラは瀬戸内を中心に放流されている。
深海性の高級魚として知られるアマダイやアカムツ(ノドグロ)は日本海や東シナ海で種苗放流が軌道にのっている。近いうちにキンメダイも放流されるだろう。
今後、種苗放流の対象種の「高級化」と「ご当地化」が加速しそうだ。
次回は、種苗放流の諸問題について解説したい。
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