今回から「魚に愛、自然に感謝、釣り人に幸」というタイトルで、広島大学・海野徹也教授の連載が始まります。連載の内容は釣り界も行っている「放流」の意味や意義、資源管理、魚の生態、キャッチ&リリースについてなど多岐にわたります。釣具業界に関わる方はもちろん、釣りや魚に興味のある方も、ぜひお読み下さい。
魚にとって一番の楽しみって何だろう?
「魚と私たちヒトとの生活の違いって何だろう」。
魚の世界には、私たちが使っているような複雑で高度な言葉は存在しない。魚は「明日、釣りに行こう」といった具合に、未来を共有する事はできない。また、私たちには釣り、登山、読書、旅行など、色々な楽しみがある。ところが、魚の世界にはそんな趣味の世界は存在しない。実に単純な世界だ。
ただし、私たちが生活(人生)を謳歌するためには、しっかりと食事をとって、健康でなくてはならない。これは魚の世界も同じだ。
魚にとって一番の楽しみとは、餌を食べることだろう。たくさん餌を食べれば、栄養状態が良くなり、健康な体が維持でき、成長スピードもアップする。
さらに、成長に使った栄養が余れば、余った栄養を体に貯え、繁殖期に卵巣や精巣をいち早く発達させるために使うことも出来る。
魚にとって自身の遺伝子をもった子孫を残す繁殖は大切なイベントだ。たくさん餌を食べた魚は、成長が良くなって大型化し、より早く成熟することができる。
大きな体をもつオスなら多数のメスを独占したり、大きな体のメスなら多数の卵が産める。餌を食べることで、結果的に子孫を残す繁殖イベントで勝ち組となる。
逆に、魚にとって一番の不幸とは死だ。これは私たちも同じ。ただし、魚たちは私たち以上に死と隣合わせの生活を送ってきている。
魚たちは私たち以上に死と隣り合わせの生活を送っている
その証として産まれたばかりの魚の仔魚(しぎょ)を見てもらおう。上の(写真1)はふ化直後のクロダイの仔魚(※編集部注:魚類の成長過程中の初期のステージ。仔魚が成長して稚魚になる)だが、成魚とはまったく形が違う。実際、この仔魚をクロダイと同定できる研究者も少ないほどだ。
クロダイのふ化仔魚は、オタマジャクシのようなずんぐりとした体型だ。口は開いておらず、眼も機能していない。尾ビレや背ビレといったヒレも未発達なので、遊泳力はほとんどない。
海中に浮遊している状態の仔魚は、捕食者に対して無防備であり、小魚やクラゲの格好の餌食となっている。
産まれた直後の仔魚は親から授かった卵黄を栄養源として生きているが、4日もすると卵黄を吸収して、眼、口、食道を作り、やがて自力で餌を食べるようになる。
ただ、遊泳力は貧弱で、眼の前の(至近距離の)餌(動物プランクトン)しか食べることしか出来ない。そのため、仔魚が餌にありついて、育ってくためには海中に相当な量の動物プランクトンが存在することが肝要で、動物プランクトンが不足すると仔魚は短期間で餓死する。もしくは餌不足で栄養状態が悪くなると、遊泳力が低下して、捕食されやすくなる。
このように、クロダイをはじめ、多くの海産魚の仔魚は水中を漂う浮遊生活を送るが、この間、被食や餌不足で大量死する(この事を初期減耗とよぶ)。
諸説あるが、産まれた仔魚1万尾のうち1尾くらいしか生き残れない。魚たちは、実に厳しい世界を生き抜いているのだ。
さて、浮遊した仔魚は1カ月もすると、仔魚から稚魚へと変態する(上の写真2参照)。稚魚になると、生活の場も干潟や、藻場、砕波帯などに変わる。稚魚の体表には鱗が形成され、体が丈夫になる。基本的なヒレも分化して、遊泳力が飛躍的に向上する。
そのため、稚魚まで生き残ると生残率が格段に高くなって(死亡率が極端に低下し)、成魚になる確率が高くなる。その点、稚魚の加入量が将来の資源量を左右すると言っても良いだろう。
以前から、釣り団体でも魚族資源を増やす目的で種苗放流が行われている。種苗法流は、資源を増やしたい放流対象種を人工的な環境下で生残能力の高い稚魚まで育てあげ、自然界に放流することで資源のバックアップを目指す手法なのだ。
次回は放流先進国、日本の現状を紹介する。
(了)
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