昔と比べて、河川で手軽に釣れるオイカワやウグイ等の淡水魚が減少したと言われている。公益財団法人日本釣振興会では、その原因の1つとして「ネオニコチノイド系農薬」の使用が関係していると考えている。
今回は、自身でネオニコチノイド系農薬を排除した米の栽培を行っており、「脱ネオニコ」の普及活動も行っているJA東とくしま小松島南部支所の参与・西田聖さんに、米栽培で脱ネオニコを始めたキッカケや、どのようにして脱ネオニコに取り組んできたのかについて伺った。
JA東とくしまでは、約15年前から脱ネオニコに取り組んでいる。同農協に勤め、自身も米農家である西田さんは「私も昔から釣りをするのですが、淡水魚の減少については、ネオニコチノイドも関係があるのではないかと感じているんです。ネオニコ系農薬は農家にとっては欠かせないと思われがちですが、米栽培におけるネオニコの排除は、農家自身がやると決めたら実現出来るものなんですよ」と語る。
JA東とくしまは、徳島県の小松島市、勝浦郡、阿南市(那賀川町・羽ノ浦町)を管轄する農業協同組合だ。ネオニコチノイド系農薬を使用せずに作られた「ツルをよぶお米」の産地としても知られ、生産地にはナベツルだけでなく、2018年にはコウノトリも渡来。エサとして1日当たり500gの水生生物(カエル90匹分)が必要なコウノトリが40日間も滞在したことで、田んぼの豊かな生態系が守られていることが実証された。
そんなJA東とくしまで脱ネオニコの活動を進めてきた中心人物が、取り組み開始当時に営農指導事業(農家へ農産物の生産から流通までを専門的に指導・援助するJAの事業の1つ)に携わっていた西田さんだ。
西田さんは活動を進めるにあたり、まず、農薬を使わなくても自然の力で強い植物を作れば、虫による被害も起きにくくなるという「BLOF(ブロフ)理論(Bio Logical Farming・生態調和型農業理論)」を自身の田んぼで取り入れた。
その結果、1年目から収量がアップし、この地域では基準の反収(10a、つまり1000㎡ 当たりの収穫量)が450~470㎏とされているところ、10a当たり650㎏の収量を得て周囲を驚かせた。もちろん、この栽培ではネオニコチノイド系農薬は使用されていない。
その後、西田さんはブロフ理論を取り入れた栽培方法を多くの農家に広め、今では組合員のうち100戸の米農家がネオニコチノイド系農薬を排除した特別栽培(各地域の慣行的に行われている化学農薬および化学肥料の使用状況に比べて、双方の使用量を50%以下で行う栽培)を行っている。
「ブロフ理論」で米の高付加価値化と環境保全の両立を
JAは農業生産に必要な生産資材、つまり農薬や肥料等を販売して収益を得ており、重要な収入源となっている。農薬を売る側の立場であるはずの西田さんが、なぜ農薬を減らすよう農家に働きかけ、脱ネオニコの取り組みを進めることになったのか。そのキッカケについて伺った。
「一番のキッカケは、米価の低下と、全国的に有機農業へのムードが高まっていたことです。当時、ミニマムアクセス米の輸入が開始されたり、食の多様化による米離れなどが原因で、2000年代以降、米価は大幅に下落していました。何らかの付加価値が米にも必要となり、付加価値が無いものは市場から淘汰されていきました。
我々が付加価値をどう付けていくか悩んでいた頃、2006年には有機農業推進法の施行、また、2008年の『ラムサール条約第10回締約国会議』では、『水田はイネを植え米をつくる生産の場であるが、同時に豊かな自然生態系を育む人工湿地である』といった内容の水田決議が採択されるなど、自然環境への関心や有機農業へのムードが高まってきていました。さらに、2012年には、小松島市で地域の有機農業の取り組みを拡大する事を目的に、小松島市生物多様性農業推進協議会も立ち上がりました。
そんな中、小祝政明(こいわいまさあき)氏が提唱したブロフ理論に出会ったのです。ブロフ理論によって農薬や化学肥料を低減して、環境に優しいだけでなく、消費者にとっても安全・安心な付加価値のある米を生産する。これならば、米の高付加価値化と自然環境の回復が両立出来るのではないかと思いました」。
前述の通り、西田さんはその後、ブロフ理論を自身の田んぼで検証。農薬や化学肥料を低減し、もちろん、ネオニコチノイド系農薬は使用せず栽培を行い、収量アップにも繋がった。今ではブロフ理論のインストラクターにも任命され、多くの農家へ講演なども行っている。
カエルを守れば農薬いらず?なぜ、脱ネオニコが可能に?
では、なぜブロフ理論を用いると、ネオニコチノイド系農薬が排除できるのか。西田さんに伺った。
「農家がネオニコチノイド系農薬を使うのは、斑点米(カメムシの吸汁が原因で着色や斑点ができた米)の発生を防ぐためです。ところが、我々の栽培ではカメムシが発生しにくいため農薬が必要ありません。何故かと言うと、カメムシを食べてくれて、田んぼの生態系の中でも重要な役割を担っているカエルを守る栽培方法だからです。
通常の栽培では、5月下旬ごろに『中干し』といって、一度田んぼの水を全て抜く作業を行います。
この作業は、前年の稲わらや雑草の種を未分解のまま翌年に水を張ると、嫌気発酵をして稲の生育にとって有害なガスを発生するのですが、それを大気中に放出するために行われます。また、水を抜くことで地面にひびを入れて根を酸化させ、稲が増えすぎるのを防ぐ目的もあります。この時、水中にあるカエルの卵はもちろん死んでしまいます。
一方で、ブロフ理論を用いた栽培では定植から収穫まで中干しを行いません。秋の収穫後、田んぼに分解菌を入れて稲わら等を完全に分解させてしまうため、有毒ガスが発生しないからです。
水がずっとあるためカエルの卵は守られ、カメムシが発生する頃には、カメムシを食べてくれる心強い味方になってくれます。
また、稲わらを分解菌で分解させると土を団粒化する役割を持つ腐植になります。これにより『トロトロ層』と呼ばれる水持ちを良くする層が生まれ、水を切らない栽培が実現でき、除草剤も必要がなくなるのです」。
実際に組合員の田んぼに出向き、ブロフ理論で栽培している田んぼと慣行栽培(化学肥料や農薬を使用した従来型の栽培)の田んぼを見せてもらったが、その差は一目瞭然だった。慣行栽培に比べてブロフ理論の田んぼは雑草も少なく、定植日が同時期なのにも関わらず、稲の育ち方も大きくシャキっとしてキレイな緑色をしており、元気に生育している印象だった。
「ブロフ理論のポイントは、いかに健全な根を育てるかです。下の写真を見てもらうと分かるんですけど、根の色が全然違います。慣行栽培で出来た根は酸化鉄で覆われた赤い根で、ブロフ理論は白い根です。
赤い根は白い根と比べて、水や養分を吸えていません。マスクをして水を飲んでいるようなものなんです。
特に、土壌中のケイ酸が吸えているかもポイントです。ケイ酸が吸えていると細胞壁がケイ酸でコーティングされ、中の細胞の匂いが拡散されにくくなります。すると、細胞の匂いに反応している昆虫も寄り付かなくなるのです。根の健全な生育が収量のアップに繋がっています」。
成功事例から増える特別栽培
ブロフ理論に基づいた栽培は環境に優しく収量アップにも繋がるとはいえ、JAが率先して有機農業や、農薬や化学肥料を低減した栽培を勧めるのは、全国で見ても珍しい事例だ。どのようにして周囲の理解を得ていったのかを伺った。
「農家の皆さんが一番知りたいのは、『どうしたら反収が増えるのか』、『除草の手間をどう減らすか』の2点です。ブロフ理論の栽培ではどちらもクリアできます。もちろん啓蒙をしたのもありますが、ブロフ理論での成功事例を見た農家さんが『うちもやってみよう』と挑戦して、この栽培方法が広がっていきました。収量アップと米の高品質化が実現できるので、農家にとってブロフ理論を取り入れた栽培は非常に有益なのです。
また、米には無機の肥料としてアンモニア態窒素が適していると思われていましたが、近年は鶏糞に入っているグルタミン酸がより適している事が発覚しました。我々の栽培では徳島の地鶏『阿波尾鶏』の生産地の産廃を肥料化した鶏糞を使っています。ブロフ理論を推進して農薬や化学肥料の販売量が減ったとしても、代わりに利益率が良い鶏糞を売ることで、他の職員からも理解を得やすかったのだと思います」。
2030年、「面積25%を有機・無農薬栽培」に!
最後に、今後のJA東とくしまにおける脱ネオニコや有機農業の取り組みの展望について伺った。
「JA東とくしまでは、2030年には耕地面積の25%を有機栽培・無農薬栽培にするという目標を掲げています。しかし、環境というコンセプトがブランディングに繋がるとしても、そもそも面積やそこに関わる人口がもっと必要です。特に面積に関しては、農家も減少していますし、ブロフ理論を理解して実行できる大規模農家に面積を集約していけば、有機栽培や特別栽培に取り組む戸数は増えなくとも、面積は増えてくれるのではないかと考えています。
ここまで啓蒙をしてきたものの特別栽培を広めるのは難しく、当組合に加入している米農家は約1200戸ありますが、その内、特別栽培の農家はいまだ約100戸に留まります。これは先に説明した、収穫後に使用する分解菌が10a当り1万4000円と高いのも原因の1つです。慣行栽培ではかからない費用になるため、様々なコストが上昇している中、農家にとっては痛い出費となります。
生産コストの低減には限界があり、農家は自分では価格転嫁が出来ないため、国からの経済的な援助があれば有機栽培や特別栽培に取り組む面積も一気に広がるのではないかと考えています」。
JA東とくしま公式ホームページ
https://ja-higashitks.jp/
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