「世界で戦える最高の釣り糸を作る」ワイ・ジー・ケーの齊藤社長にインタビュー

スペシャル ニュース

今回のトップインタビューは株式会社ワイ・ジー・ケーの代表取締役社長・齊藤隆文氏だ。

齊藤氏は令和元年(2019年)に中西滋前社長の後を継ぎ社長に就任。どのような想いで経営し、どういった企業を目指していくのか。自社ブランド「XBRAID(エックスブレイド)」について等、徳島県の鳴門本社で伺った。

株式会社ワイ・ジー・ケーの代表取締役社長・齊藤隆文氏
釣り糸で世界最大規模の生産設備を持つワイ・ジー・ケーの齊藤隆文社長

三洋ジーエスソフトエナジー、三洋電機、パナソニックからYGKに

齊藤隆文氏は昭和58年(1983年)生まれの40歳。大学卒業後、三洋ジーエスソフトエナジー株式会社に入社し経理部に配属、その後、三洋電機株式会社(後にパナソニックとなる)に転籍となり、市販事業統括部に所属。今も人気の充電池ブランド「エネループ」の事業に深く関わり、事業計画の策定や予算配分など事業管理を行う。

三洋電機時代の経験が、齊藤氏のビジネスマンとしての価値観を確立していく上で大きな影響を与えたという。

齊藤社長(以下、同様)「三洋電機はご存知の通りパナソニックに吸収されるのですが、我々の事業部は何とかパナソニックに統合された後も『エネループ』というブランドを残したいと、寝る間も惜しんで必死に働きました。

この時に、1つの強い目的があれば、違う特長を持った人達が集まって、熱い想いで働く事が出来るという事を実感しました。企業やブランドに誇りを持って働く事の大切さや強さも知りました。こういった経験は、現在ワイ・ジー・ケー(以下、YGK)を経営する上でも大いに活かされています」。

その後、齊藤氏はパナソニックを退職しYGKに入社する。

当初はパナソニックとの違いに驚く事も多かったそうだ。例えば、YGKは300名近く従業員がいる会社だが、組織がフラットで役職がない。組織や階級が確立されていたパナソニックとは社風も大違いだった。

しかし、釣り糸という商品は齊藤氏が前職で扱っていた電池と似ている部分がある事に気付く。

両者とも市販品かつ消耗品で、一般的には小売店にとって利益率が高い商品だ。単価も似ており、ダンボール一箱分の金額も近い。さらに、小売店にとってメイン商材ではない事や、在庫しても消耗も少なく、モデルチェンジも遅いなど、釣り糸と電池の商品の特性が似ており、前職の知識も活かせたそうだ。

中西滋前社長から引き継いだ想い

齊藤氏がYGKに入社後、最初に任されたのは、商品の仕上げだ。パッケージにシールを貼る、段ボール箱に商品を詰めるといった作業だ。その後、糸の染色をはじめ製造現場を担当した。

齊藤氏が前職時代に経験した数字やパソコンなど主に頭を使った業務ではなく、体を使って製造現場を一から経験していく事となる。

「前社長は私に物作りの基本を教えたかったのだと思います。私も一時は顔料まみれのズボンで出社していましたが、そういった時代があったからこそ、糸の作り方を知る事が出来ました。今も前社長のお蔭で有難い経験をさせてもらったと思っています。

製造業の社長は、やはり現場を知る必要があります。現場しか知らないのも問題があると思うのですが、少なくとも現場を全く知らないのは良くないと思います。現場を知っているからこそ、新しい糸を作りたいと思った時に、必要な工程や設備が頭に浮かびますから、具体的な指示が出来ます」。

齊藤氏はその後、中西前社長の体調が悪化した事もあり、30代前半で社長代行の業務を行う。この当時、思うように仕事を進める事が出来ず、経営の難しさに悩み、前社長に頻繁に相談していたそうだ。

「私も経営を知っている親に育てられましたし、自分にある程度自信もありましたから、経営も出来ると思っていたのですが、なかなか上手くいきませんでした。

そんな折、前社長から社長は何を背負っているのか、会社を経営していく大変さ等、本当にいろいろな事を教えてもらい、前社長を尊敬する気持ちがより強くなっていきました。前社長とは本当にたくさんの話をしました。最後まで私にカッコ良い姿を見せ続けてくれました。

中西滋前社長を一言で言えば、愛に溢れた人だったと思います。従業員、家族、取引先など関わる人をずっと大切にし続ける人でした。それを貫いてこられたのはすごいと思います。

また『人たらし』の部分もあったと思います。私もそうなのですが、性格の凸凹が人より極端なのか、周りの方に助けてもらうしかないのです。前社長も周りに優秀な人が集まってくれて、皆から助けてもらえる方でした」。

世界で戦う企業を支える「部品屋」

YGKは釣り糸の製造で世界最大規模の生産設備を持つ企業で、PEラインを主力としている。同社が生産する釣り糸の大半はOEM先のメーカーから発売されている。

国内の釣り糸製造やメイドインジャパンブランドを支えるインフラ的な企業としての側面もある。

齊藤社長も「正確なデータはありませんが、当社が得意としているPEラインは、どう考えても当社が世界一の生産量のはずです」と語る。

株式会社ワイ・ジー・ケーの代表取締役社長・齊藤隆文氏
「国内のメーカーが協力しながら、オールジャパンで世界と戦いたい」と語る齊藤社長

YGKを率いる齊藤社長は、釣り糸をはじめ現在の国内の釣具市場をどのように捉えているのだろうか。

「国内の釣具市場では色々なシェア争いがあると思いますが、私は国内のメーカーが国内のシェアを争って血を流すような消耗戦をして欲しくないと思っています。もちろん、店舗を巡回している営業マン同士で競争があるのは良いと思いますが、経営のレベルで言うと、もっと大きな部分では会社同士で横の繋がりを持って、オールジャパンで世界のマーケットに向けて、協力しながらシェアを取っていく方向に進んで欲しいと思っています。

メーカーが世界で戦っていくためには優秀な『部品屋』が必要です。自動車業界で言えばBOSCH(ボッシュ)やDENSO(デンソー)というイメージです。ベンツやBMWなど、どのメーカーのドイツ車を買ってもBOSCHの製品が採用されているはずです。そして、それぞれのメーカーの特色や強みを活かしながら、世界のマーケットで戦っているのです。

我々もある意味では、YGKは『部品屋』だと考えています。

トヨタでさえ1社で世界市場の全てを取る事は出来ません。スズキはインドで高いシェアを獲得していますし、いすゞもタイで大きなシェアを取るなど、日本の自動車メーカーは世界で活躍しています。こういったグローバルな市場を相手に活躍している日本企業を支えているのは、優秀な部品屋の存在も大きいと思います。どれだけ大きな自動車メーカーでも全ての部品を、それぞれの会社が独自で開発し、製造していく事など出来ないはずです。 

日本の製造業は昔から世界に出て、勝負してきました。釣具業界でもシマノやダイワといった大手企業は海外でもシェアを取っていますが、多くの日本の釣具メーカーも、優秀な部品屋を活用して、ぜひ世界でもっと活躍して欲しいと願っています。釣具においても、メイドインジャパンの存在感や価値を更に高めて欲しいと思っています。

釣具業界は小さな業界だからこそ、『自分達で作って自分で売る』という仕組みが、国内では通用しているのかもしれませんが、世界に出て戦うとなると、そのような規模では勝負出来ないと思うのです。

我々は、お客様から優秀な部品屋と思って頂けるよう、休む事なく生産設備等への投資を続けています。近年新設した工場や近い将来建てる新工場、また導入している設備費等を入れると100億円を超える投資額です。

これだけの投資を、釣具業界のそれぞれの企業が独自に行っていく業界規模でもないと思うのです。しかし、規模は小さくても特化すれば世界市場で通用する強い商品が出来ます。日本の釣具メーカーが世界で戦うために、どのような糸がどの程度必要なのか。その要望に全て応えていけるだけの投資を今後もしていくつもりです」。

糸を作る機械ごと自社で製作

YGKが作る釣り糸は、世界中の釣り人から高い支持を得ている。良い釣り糸を作るためには、どのような事が必要なのか、齊藤社長に伺った。

「良い糸を作るためには、まず糸を良く知ることだと思います。釣りを良く分かっていても、糸の事が分かっていなければ、良い釣り糸を作る事は出来ません。

例えば当社では、新製品はチームを組んで日本中のフィールドでテストをします。チームの中には、釣りと感性に優れた人、生産設備の専門家、化学の専門家もおり、炎天下で重いルアーを投げ続けるなど『いじわるテスト』を行って、新製品が理論通りの性能なのか等を現場で確かめる作業を行っています。

当然、釣り人目線のフィードバックもすぐに反映させますし、足りない点があるなら設備をどう改良するのか、あるいは使用している薬品の濃度をどうするか等、各分野のスペシャリストがいろいろな知識や知恵を持ちより、それらを駆使して製品を作り上げていきます。ですから、我々が作る釣り糸は、釣り人にとっても良い糸だと自信を持って言えるのです。

糸を作るには機械が必要ですが、当社はその機械も出来る限り内製化を行い、自社で開発しています。当社には機械(生産設備)を作る専門部隊もあり、今年3月にエンジニアリング事業部を立ち上げました。

当社の生産設備を設計している部隊は、日本でもトップクラスの人材が揃っていると自負しています。釣り糸だけでなく、他業界でトップクラスの生産設備を立ち上げてきたスペシャリストが集まり、今まで出来なかった事を出来るようにしてくれているのです。そのため、世界的なトップレベルの企業から機械の受注を受けられるほど、当社のエンジニアリング事業部の水準は高いのです。

ただ、全ては釣り糸製造のためです。いろいろな技術や知識がないと、新しい釣り糸を作るための、新しい生産設備は作れないのです。先日、発売した『XBRAID SHINJIX9』もまさにそうですが、自社設計した新しい機械を使って出来た製品です。今までの機械や釣具業界だけの知識では作る事は出来ません。こういった今までにない製品を、機械ごと作れるのは当社の大きな強みです」。

XBRAID SHINJIX9
最新の技術が採用された新製品「XBRAID SHINJIX9」

「XBRAID」に込められた想い

YGKでは令和2年(2020年)に、自社ブランドであるXBRAID(エックスブレイド)を立ち上げている。自社ブランドについてどういう捉え方をしているのか、齊藤社長に伺った。

「XBRAID(エックスブレイド)ですが、これは、中西滋前社長がどうしてもやりたかったブランドなのです。前社長は生前、『2020年のオリンピックイヤーに合わせてデカい事をやるんや。XBRAIDという新しいブランドを立ち上げて、世界最高の釣り糸を出すんや』と話していました。残念ながら前社長は2019年に亡くなってしまいますが、この事業は先代のために必ずやり遂げようと、皆が協力してくれました。

XBRAIDの名前の由来ですが、これはPEラインを作る製紐機(せいちゅうき)の形から来ています。我々は糸製造の用語で言えば角打(かくうち)屋です。PEラインはボビンがXに交差して交わって糸を組み上げるのですが、この製紐機を上から見ると、まさにXの形になっています。また、ブレイドは『編む』という意味ですから、XBRAIDは『四つ編み』という意味でもあります。

製紐機
製紐機。ブランド名の由来になっている

当社が自社ブランドを持つ理由は3つあります。1つ目はお客様の注文の増減に対応するためです。2つ目は新しい技術開発へのチャレンジ、3つ目は従業員満足のためです。

まず、釣り糸はよく売れる時もあれば、あまり売れなくなる時もあります。こういったお客様の注文の波に対応するためには自社ブランドが必要です。つまり、お客様の注文の少ない時でも工場を稼働させる必要がありますから、自社商品が必要なのです。

お客様が増えれば増えるほど、注文の波の大きさも大きくなりますから、自社ブランドも大きくする必要が出てきます。生産設備を持つ我々は、お客様に自由に伸び伸びと世界で戦ってもらうため、安定した製造設備の維持と、自社商品の在庫を多く持つ事が必要となってきます。

2つ目は技術開発です。通常、お客様の商品で新しい技術への挑戦は出来ません。自社で新しい技術を開発し、市場でも評価してもらう。その新しい技術が釣り人にも受け入れられれば、お客様にも新しい技術を使った商品を採用して頂くという事です。

3つ目は市販品がある事は社員のやりがいに繋がります。ご近所の方から『XBRAIDを使っているよ』と言われると社員も嬉しいのです。

先にも言いましたが、私は想いの部分を非常に大切に考えています。数字を扱ってきた人間だからこそ、想いの重要性が分かるのです。従業員に誇りを持って働いて欲しいですから、当社では本社や工場のある徳島県だけに放送されるテレビCMも流しています。YGKの事を地域の方にも広く知って頂き、社員には自社への誇りや想いを持って仕事をしてもらいたいと思っています。そうすれば、必ず良い商品が出来るのです」。

株式会社ワイ・ジー・ケーの代表取締役社長・齊藤隆文氏
交差させる事で捻じれても戻る力が働き、糸がまっすぐになる

最後に、齊藤社長に今後のYGKについて伺った。

「私が大切にしているのは、汚い言葉ですが『なめんなよ!』の気持ちで仕事をする事です。これは人に対してではなく、自分に対していつも言っている言葉です。当然、紙に書いて会社の壁に貼るわけにもいきませんが(笑)、自分に対してこの気持ちがあれば、絶対に中途半端な糸は作れません。『YGKが作る糸をなめんなよ』、『メイドインジャパンをなめんなよ』という気持ちで、これからも世界と戦える最高品質の釣り糸を作っていきたいと思います」。

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