「釣具業界の法律相談所」は、釣具業界でも起こる可能性のあるトラブルについて、弁護士の先生に聞いて見解や対処方法を紹介するコーナーです。
今回は、近隣の競合釣具店が「名物店長」を引き抜いた時、法律的に問題はあるのかについて弁護士の先生に聞きました。
客から超人気の「名物店長」。ライバル店に引き抜かれ、売上が大幅ダウン…
弊社は釣具店を経営しています。弊社にはお客様からも人気で、熱烈なファンも多い「名物店長A」(以下、店長A)がおり、日頃から店舗への集客や売上アップに貢献していました。
この店長Aは個人のアカウントでYouTubeチャンネルも行っており、弊社の店内で新製品等を撮影し、紹介すると同時に、その率直な感想を述べる事で人気のYouTubeチャンネルとなっています。
店長A個人のチャンネルですが1万人以上の登録者がおり、店舗の売上アップにも繋がっていますが、その収益や運用方法等について、会社との取り決めは特に行っておりませんでした。
今回、その店長Aが競合の釣具店に引き抜かれてしまい、結果的に弊社は大きく売上ダウンとなってしまいました。
店長Aを引き抜いた競合の釣具店には、以前から当社の店長Aと仲の良い社員がおり、その社員と一緒に食事や釣りに行っていました。
後日、別の関係者から聞いた話では、1年ほど前から競合の釣具店は当社の店長Aを引き抜く事を決めていたらしく、意図的に当社の店長Aを誘い、接触を繰り返していたようです。
仲の良い社員を窓口として店長Aから待遇面などを聞き出し、競合店の社長も何度か食事に同席し、当社を上回る給与等の条件を直接提示したほか、店長Aが個人のアカウントで行っているYouTubeチャンネルについても、契約を結んで報酬を支払うといった事が決め手となり、店長Aは当社を退職する事を決めてしまいました。
当社も店長Aと条件面も含めていろいろと話し合ったのですが、本人の退職への意志も固く、競合への入社も止める事は難しそうです。
また当社を退社するなら、当社で撮影を行っていたYouTubeの動画は削除するように求めましたが、これについては継続して話し合う事になりました。
そこで、弁護士の先生に質問です。
まず、競合の釣具店は当社と同じ地域に店舗もある事から、明らかに当社にダメージを与え、顧客を奪う事を目的として当社の店長Aに引き抜きを持ちかけました。
店長Aも相手からの連絡を受け、勤務時間外に何度も競合企業の社員と食事や釣りに行き、その場で当社の情報を相手に伝えていた事は明白ですし、引き抜きを受けていた事も明らかです。
こういった引き抜きの行為ですが、競合の釣具店、また当社の店長Aの双方とも、法律的に問題はないのでしょうか。
当社としては、店長Aが退職した事によって、店舗の売上は月に100万円以上はダウンしています。競合の釣具店に対しても腹立たしい思いがありますし、この損害をどうするのか検討中です。
また、店長Aが当社の店舗内で撮影していたYouTube動画ですが、当社を退社するなら動画を削除させる事は法律的に可能なのでしょうか。動画には当社の店内の様子や、当社で販売している商品が撮影に多数使われています。
ご回答、よろしくお願い致します。
(※質問は全て架空の質問です。実際の企業等とは一切関係がありません)
【弁護士の回答】不法行為には該当しない可能性が高い
まず、競合の釣具店が行った引き抜き行為について、競合の釣具店に法律上の問題はないでしょうか。
そもそも、引き抜き行為とは、ある会社の労働者を勧誘して自らの会社で雇用しようとする行為です。このような行為は憲法上保障されている営業の自由(憲法22条)に属する行為ですので、基本的に自由に行うことができます。
したがって労働者を引き抜く行為は、「通常の勧誘行為」にとどまる限りは違法とはならず、法律上の問題はありません。
しかし、引き抜き行為の手段や態様が悪質であり、著しく不当といえる場合には、「通常の勧誘行為」とはいえず、不法行為として損害賠償責任が発生することになります。
例えば、最近の裁判例では、引き抜きの際に、①移籍後の勤務条件をあらかじめ確約するなど、強度の働きかけをおこなったこと、②引き抜きが事前に知られないように、引き抜き対象者との会食などについて業務上の打ち合わせがあるかのように装って連絡していたこと、③相手会社の多数の従業員を引き抜こうとしていたこと、④メディア記事を利用して、相手会社に在籍し続けることについて不安感を抱かせ、引き抜きの実効性を高めようとしたことなどから、引き抜き行為は不法行為にあたると判断しています(東京地方裁判所令和4年2月16日判決)。
それでは、ご質問のケースでの引き抜き行為は不法行為にあたるといえるでしょうか。
競合の釣具店は、店長Aに対して1年という長期間にわたって接触を繰り返し、給与等の条件やYouTubeチャンネルへの報酬の支払いの約束などをしていることから、移籍に向けて強度の働きかけを行っているといえます。
しかし、競合の釣具店が引き抜いた従業員は店長A1人であり、多数の従業員を引き抜いたわけではありません。また、勧誘に際して、貴社の経済状況が悪化しているなどの虚偽の情報を告げるなど、悪質な方法で勧誘を行っているわけではないようです。
これらの事情からすると、競合の釣具店の引き抜き行為は、著しく不当とまではいえず、不法行為には該当しない可能性が高いでしょう。
他方、競合の釣具店が、店長Aを勧誘していることについて隠ぺい工作を行っていたり、店長Aに移籍時に貴社の営業秘密を持ち出すことを指示していたりするなど、悪質な手段を用いていた場合には、不法行為に該当する可能性があります。
店長Aは「職業選択の自由」で転職可能。競業避止義務の規定があれば違反に
次に、引き抜き行為に応じた店長Aには法律的な問題はないでしょうか。
労働者についても、他社に転職することについて、憲法上保障されている職業選択の自由(憲法22条)があるため、引き抜き行為に応じて自由に転職することができます。
もっとも、会社との間で、退職後に同業他社に就職してはならない旨を定めた合意(「競業避止義務」といいます)をしている場合には、労働者が同業他社に転職することは当該合意に違反する行為となります。
したがって、貴社が、就業規則や雇用契約書において、退職後の競業避止義務の規定を定めていた場合には、店長Aが競合の釣具店に転職する行為は契約に違反した行為といえます。この場合、貴社は店長Aに対し、競合の釣具店での勤務の差止めや、競業避止義務に違反したことで被った損害の賠償を求めることができます。
【参考情報】
従業員退職後の競業避止義務とは?わかりやすく解説
【参考情報】
就業規則とは?義務や作成方法・注意点などを弁護士が解説
売上は100万ダウン。損害賠償請求は出来る?
なお、引き抜きが不法行為にあたる場合、どれだけの損害の賠償を求めることができるのでしょうか。
過去の裁判例では、退職しなければ会社が得られたはずの利益の一部のみを損害と判断した事案があります(東京地方裁判所平成3年2月25日判決)。
この事案では、幹部従業員が配下の従業員ら24名とともに退職しました。そして、退職した従業員ら24名が上げていた実績は、会社実績の8割を占めていました。
しかし、実績を上げられたのは幹部従業員の個人的資質・能力によるところが大きく、幹部従業員が引き抜きを行うことなく退職したとしても会社には損害が発生したはずだとして、得られたはずの利益の一部のみが損害にあたると判断しました。
ご質問のケースでも、店長Aの退職によって売上が100万円ダウンしたとのことです。しかし、従業員に転職の自由が認められている以上、従業員の自由な意思による転職に伴って発生する損害について会社は賠償請求できず、競合の釣具店や店長Aに対して、減少した売上全額の損害賠償を求めることはできないでしょう。
店内で撮影したYouTube動画を削除させることは出来る?
次に、店長Aが貴社の店舗内で撮影していたYouTube動画を削除させることは可能でしょうか。
インターネットにアップロードされた動画を削除させるためには、一般的に名誉権や肖像権、プライバシー権などの人格権が侵害されていたり、著作権や商標権が侵害されていたりすることで、差止請求権が発生していることが必要となります。
ご相談のケースでは、貴社の店内の様子や販売商品が撮影に使われています。しかし、これによって貴社の人格権や著作権、商標権などが侵害されているとはいえません。
また、その他に、貴社が店内での撮影を禁止していた場合には、これに違反したことを理由に動画の削除を求めることが考えられます。
しかし、ご相談のケースでは、店長AのYouTubeチャンネルが店舗の売上アップにつながることから、店内での撮影について少なくとも黙認していたようです。そのため、YouTube動画が店内で撮影されたものであることを根拠に動画を削除させることも難しいでしょう。
以上より、今回のケースでは、店長Aが撮影していたYouTube動画を削除させることは難しいです。
事前に従業員との間で、退職時には就業中に撮影した会社に関連するYouTube動画は削除する義務があることを取り決めておけば、この取決めを根拠に削除を要求することは可能となります。
そのため、SNS活動が盛んになっている昨今では、入社時の誓約書などでSNSの取扱いも含めて取決めをしておくことが重要です。
【回答者:弁護士法人咲くやこの花法律事務所 弁護士・木曽綾汰】
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