【弁護士の回答】そもそも「パワハラ」の定義とは?
ご質問のケースのように、部下や他の社員の言動に腹を立て、思わずきつい口調で言い返してしまったことがパワハラにあたるのか、判断にお困りの方も多いのではないでしょうか。
ご質問のケースにおける質問者様の「釣りの経験もろくにないくせに黙っていろ!釣りがヘタクソなお前に、このデザインの良さの何が分かるんだ?」という発言も状況次第でパワハラにあたる可能性があるため、判断基準をおさえておく必要があります。
では、パワハラかどうかはどのように判断されるのでしょうか。
パワハラかどうかの判断は多くの事情を総合的に考慮して行われます。発言内容や発言の仕方のみからパワハラかどうかを判断することはできないのです。まず、パワハラの定義からご説明します。
パワハラの定義は、2020年6月施行(中小企業は2022年4月施行)のいわゆるパワハラ防止法に定められています。これによると、パワハラにあたるのは次の3つの要件を満たす場合です。
すなわち、①職場における優越的な関係を背景にした言動であること、②業務上必要かつ相当な範囲を超えるものであること、③労働者の就業環境が害されること、の3つです(パワハラ防止法30条の2第1項)。
中でも判断が難しいのは、②業務上必要かつ相当な範囲を超えるものかどうかです。
この点については、厚労省が公表するパワハラガイドラインの中で判断ポイントが示されています。
すなわち、業務上必要かつ相当かどうかは、「言動の目的、言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、行為者との関係性」などを総合的に考慮して判断されます。
【参考情報】
パワハラの定義とは?わかりやすく解説
【参考情報】
パワハラとは?わかりやすい解説まとめ
「釣りが下手くそなくせに…」はパワハラに当たる可能性アリ!
それでは、このようなポイントを踏まえて、ご質問のケースについてご説明します。
結論からいえば、ご質問のケースの質問者様の発言はパワハラにあたる可能性があります。
まず、「釣りの経験もろくにないくせに黙っていろ!」等と発言した経緯について質問者様は、商品開発会議の中でAに意見を求めたところ、「正直に言って形がダサすぎます。これでは魚もたいして釣れないと思います」と発言したため、それに対して怒鳴ったとのことです。
商品開発会議という場で、商品デザインについて意見を求められたAとしては、商品開発に資するような具体的な意見を求められていたといえます。
ところが、Aは、「形がダサい」、「魚もたいして釣れないと思う」というあまり具体的ではないコメントをしました。
このような状況で、質問者様がAのコメントが商品開発会議で求められるレベルの意見ではないと考えたのだとすれば、Aを叱責する業務上の必要性はあったと言えそうです。
また、質問者様とAの関係性をみると、質問者様は40年以上の釣りの経験やヒット商品の開発実績もある一方、Aは釣り経験がない20代の新入社員でした。
もちろん商品開発会議の場で忌憚のない意見を述べること自体は非難されるべきではありません。しかし、Aは、質問者様が経験や実績のある経営者であることを踏まえて、最低限表現などには気を付けるべきだったといえます。
そして、質問者様とAは、普段から意見が食い違うことはあったものの、最終的には質問者様が丸く収めていたとのことで、質問者様が日頃からAに対して必要もなく怒鳴って叱責するといった事情もないようです。
さらに、質問者様が「釣りの経験もろくにないくせに黙っていろ!」等と発言したのは数秒ないし数分の出来事のようであり、30分や1時間といった長時間にわたって怒鳴り続けたといった事情もうかがわれません。
一方で、質問者様の発言内容自体は、「黙っていろ」、「釣りがヘタクソ」、「お前」といった表現を含むものでした。Aに対して業務上注意をする必要があったとしても、「釣りがヘタクソ」などという表現を使ったことに問題はないでしょうか。
この点、「本俸(ほんぽう)が高いのだから、本俸に見合う仕事をしなさい」(※本俸とは、特別な追加手当てを含まない基本給)などと発言した事案で、能力に問題がある従業員に正しい文書を作成させるという目的に照らせば、「本俸が高いのだから」などと給与を持ち出す必要はなかったとして、パワハラにあたると判断した裁判例があります(神戸地判令和3年9月30日)。
ご質問のケースでは、Aを叱責する必要性はあったとしても、質問者様は、釣りの経験はないがSNSなどには詳しいAに対して商品デザインについて意見を求めていました。
釣りが上手いか下手かといったAの釣りの能力と、商品のデザインについて具体的な意見を出すことができるかどうかは直接関係がないことを踏まえると、Aを叱責するにあたりAの釣りの能力の低さを持ち出す必要性はなかったといえます。
また、20代の新入社員で社会人としては未熟なAが、年長の経営者である質問者様から「黙っていろ」という言葉で叱責されると、精神的なダメージは小さくないと考えられます。
実際Aは、怒鳴られたショックで会議でも一切発言できなくなっており、Aが受けた精神的なダメージは大きかったことがうかがわれます。
そうすると、怒鳴った後に反省してAに話しかけたなど、質問者様に有利な事情もあるとはいえ、質問者様の発言は、業務上の必要かつ相当な範囲を超えた言動としてパワハラにあたると判断されてしまう可能性があるでしょう。
【参考情報】
パワハラにあたる言葉の一覧とは?裁判例をもとに解説
パワハラの慰謝料はどれくらい?
では、パワハラと認定された場合、質問者様はどのような責任を負うでしょうか。
まず、Aは、精神的苦痛を受けたと主張しているようですので、慰謝料を支払う必要があります。
どの程度の金額の慰謝料となるかはケースバイケースですが、たとえばAが心身に不調を来してしまった場合にはより高額になる傾向にあります。
すでにご紹介した、令和3年神戸地判の事案では、従業員が心身に不調を来し、3カ月間欠勤を余儀なくされたことなどを踏まえて、慰謝料を50万円と判断しました。
また、Aが欠勤せざるを得なくなった場合、その間の給料や手当、消化した有給休暇を賠償しなければなりません。さらに、Aに通院治療の必要性があれば、治療費や通院交通費も支払わなければならないでしょう。
【参考情報】
パワハラの慰謝料の相場はどのくらい?5つのケース別に裁判例をもとに解説
【回答者:弁護士法人咲くやこの花法律事務所 弁護士・小林允紀】
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