釣り具メーカー社員が開発中のルアーを個人のSNSにアップ!?損害賠償請求や解雇は出来るの?【弁護士に聞く】

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「釣具業界の法律相談所」は、釣具業界でも起こる可能性のあるトラブルについて、弁護士の先生に聞いて見解や対処方法を紹介するコーナーです。

今回は、釣り具メーカーの社員が開発中のルアーを個人のSNSに無断で公開した場合、損害賠償請求や解雇は出来るのかについて弁護士の先生に聞きました。

開発中のルアーがInstagramで公開されている!?

弊社は釣具メーカーです。ルアーの商品開発と製造を行っています。

商品開発は弊社のテスターと協力し、弊社社員と一緒に実際に釣り場に何度も通い、ルアーの泳ぎ方、アピール力、飛距離、カラーなど様々な点について、テストを繰り返して完成させていきます。商品開発には多くの時間と費用が掛かっており、当社独自の技術やノウハウもふんだんに詰め込んでいます。

先日、ある社員の行動が原因で大きなトラブルとなりました。

問題となった社員は当社の広報的な仕事を中心に行っているのですが、会社のアカウントとは別に、個人でもInstagramとX(Twitter)のアカウントを持ち、様々な投稿をしています。

商品開発の様子などについて、個人のSNSでも以前から情報発信をしていました。この事については会社側も把握しており、特別問題となる投稿もなかったため放置していました。

しかし、ある日、知り合いから「御社の開発中の新製品がSNSでアップされていますよ」と連絡がありました。

急いで確認したところ、社員の個人のInstagramに、ルアーテストの様子の投稿があり、その中で開発中のルアーがハッキリと映っていました。しかも、開発中のルアーの一部分を拡大した写真も投稿していました。

この部分には、弊社が特許の取得も考えていた新しい構造と形状を採用したパーツも含まれており、社外秘なのは当然ですし、ましてSNSで画像を投稿する事は考えられません。

形状に特徴を持たせているもので、投稿された写真を見て真似ようと思えば、他のメーカーもすぐに真似が出来る状態になってしまいました。

その投稿の反響は大きく、1000を超える「いいね」とシェア(リポスト)も次々とされていました。

すぐさまその社員を呼び出し、問題となる投稿の削除と、なぜこのような投稿をしたのかを問いただすと「自分のアカウントで注目を集めたかった。フォロワーを増やしたかった」と理由を述べていました。

問題の社員に対し、当社は厳格に対応する事を決め、損害賠償の請求と解雇をする事を決めました。

しかし、その社員は、自分の行為に問題があった事は認めつつも、損害賠償を支払う気はなく、逆に「個人のSNSで会社の商品の宣伝をしてきた側面もある。その対価を支払って欲しい」と報酬を要求してきました。

さらに不当解雇として弁護士を立てて、全面的に争う姿勢を見せてきました。

そこで弁護士の先生に相談です。自社の開発中の製品や、開発中の新技術等を社員個人のSNSで公開された場合、該当する社員にどの程度の損害賠償を求める事が出来るのでしょうか。

また、社員が勝手に個人のSNSで自社商品の紹介を行っていた場合、後日「その対価を支払え」という申し出に弊社は対応する必要はあるのでしょうか。

最後に、解雇は不当となる可能性はあるのでしょうか?

ご回答をお願い致します。

※質問は全て架空の質問です。実際の企業等とは一切関係がありません

【弁護士の回答】損害賠償請求は容易ではない

ルアーの形状は会社の企業秘密。無断で公開した社員には厳格に対処したいが…

まず、ご質問のケースで問題の社員に対する損害賠償請求が認められる余地があるのかについてご説明します。損害賠償請求が認められるためには、越えるべきハードルがいくつもあります。

結論的には、御社から問題の社員に対して損害賠償請求をするのは容易ではありません。

問題の社員は、開発中のルアーのルアーテストの様子の写真をSNS上にアップロードしてしまいました。このような場合に御社が問題の社員に対して損害賠償請求できる可能性があるのは、次の2つの場合です。

第一に、不正競争防止法違反の場合です。

不正競争防止法という法律では、不正に利益を得る目的、または会社に損害を与える目的で営業秘密を開示する行為について、損害賠償請求を認めています(不正競争防止法4条)。

しかし、ここでの「営業秘密」として認められるためには、社員等が認識できる形で営業上の秘密として管理していることが必要です(名古屋高判平成20年3月13日等)。

商品開発の様子や開発中の商品の構造や形状を撮影した写真にアクセスできる者が限られている、撮影された写真のデータがパスワード付のフォルダに保存されているなどの事情がなければ、「営業秘密」にあたらないでしょう。

また、問題の社員がSNSに写真をアップロードしたのは「自分のアカウントで注目を集めたかった」などというものです。

不正競争防止法上の損害賠償請求は、営業秘密にあたることに加えて不正の利益を得る目的があった場合に認められます。しかし、SNS上で注目を集めるという目的は「不正の利益を得る目的」にあたるとまではいえない可能性があります。

結局、不正競争防止法違反を理由として損害賠償請求をすることは難しいと考えます。

雇用契約を理由に損害賠償請求は出来る?

第二に、雇用契約上の義務に違反した場合です。

会社に雇用される社員は、雇用契約に付随する義務として、営業上の秘密を保持する義務を負います。就業規則に秘密保持条項を設けたり、秘密保持契約書を交わしたりする会社もあるでしょう。

就業規則の秘密保持条項を理由に損害賠償請求は出来るのか…?

そして、秘密保持義務に違反したことを理由に損害賠償請求するには、損害賠償請求を認めるに値する「秘密情報」が漏洩されたことが必要です。

過去の例では、開発を検討していた石けんの成分、コスト、着色等、刺激性等は、商品としての基本的な重要データであるとして、秘密情報であると認めた裁判例があります(東京地判平成14年12月20日)。

この裁判例の判断を参考にすると、ご質問のケースでも、SNS上で公開されてしまった写真が研究開発方法や特許取得も検討していたルアーの構造や形状といった情報を含む場合、商品としての基本的な重要データであるとして、損害賠償請求を認めるに値する秘密情報にあたる可能性があります。

この場合、問題の社員は、雇用契約上の秘密保持義務には違反したといえるでしょう。

では、ご質問のケースにおいてどの程度の賠償が認められるのでしょうか。

結論からいえば、損害賠償は認められないか、仮に損害賠償が認められたとしてもそれほど高額にはならないと考えられます。

損害賠償請求をするには、義務違反があっただけでは足りず、得られたはずの利益が得られなかったり、余分な費用の支出を余儀なくされたりしたことを証明する必要があります(東京地判平成27年3月27日等参照)。

開発中のルアーの構造と形状の情報が外部に流出した後、他のメーカーが類似商品を開発して販売したり、特許出願等を行うかもしれません。また、御社も結果的に期待したような利益が上げられないかもしれません。

しかし、見込んだ利益が得られない原因には、社会情勢や経済動向、会社の営業活動、顧客の嗜好など、様々な要因が絡みます。そのため、ルアーテストの様子の写真が流出したことによって利益が上がらなかったと証明することは非常に難しいのです。

前記した平成27年東京地判でも、情報漏洩義務違反はあるが損害が立証されていないとして請求が棄却されました。

一方で、ご質問のケースのようなトラブルによって、後始末のための余分な支出を余儀なくされたという場合には、情報漏洩により生じた「実損」として損害賠償が認められる可能性はあります。

結局、損害賠償が認められるとしても、高額の賠償は認められないと考えられます。 

個人のSNSで宣伝を行った対価への支払い義務は?

次に、御社は問題の社員から請求されている対価を支払う必要があるでしょうか。

結論的には、このような請求は認められないでしょう。

ご質問のケースで、社員が御社に対して対価を請求するには、御社と社員との間で、「SNS上での会社商品の宣伝業務を委託し、売上の〇%を対価として支払う」などといった対価の支払いについての取り決め(契約)が必要です。

今回のケースでそのような取り決めなく、社員が勝手に宣伝したに過ぎない場合は、御社に対して対価を請求することはできません。

問題の社員を解雇すると「不当解雇」になる?

今回のケース、問題の社員を解雇する事は出来るのだろうか?

最後に、御社の行った解雇については不当解雇となる可能性があります。

確かに、問題の社員の行動は御社に不利益を与えかねない規律違反行為といえます。

しかし、解雇が有効と認められるのは、会社が秘密情報の流出防止措置を十分に講じていた、社員が秘密情報を流出させて会社に損失を与える目的を持っていた、実際に会社に取り返しのつかない損失を与えたという事情があるなど、悪質性が極めて高く、会社に生じた損害が大きい場合です。

ご質問のケースでは、御社は以前から商品開発の様子についてInstagramで情報発信をすることは特段制限していませんでした。

問題の社員がルアーテストの様子をアップした理由は、注目を集めたかったという身勝手なものでしたが、金銭的な利益を不当に得る意図や御社に損失を与える意図まではなかったようです。さらに、今回SNSに写真が投稿されたことによって、実際に御社に損失が発生したかどうかは明らかではありません。

そうすると、問題の社員の行動の悪質性が極めて高いとはいえず、御社に生じた損害も大きいとはいえないため、解雇は不当と判断される可能性が高いです。

不当解雇と正当な解雇との違いについては以下の記事もあわせてご参照ください。

【参考情報】
不当解雇とは?正当な解雇との違いを事例付きで弁護士が解説


【回答者:弁護士法人咲くやこの花法律事務所 弁護士・小林允紀

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