前回は、放流魚の飼育環境が原因となって起こる放流後の諸問題を解説した。
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人工飼育下の放流魚は、十分な餌がもらえ、捕食者に襲われることはない。ところが、放流直後に環境が一変する。警戒心を持たない放流魚は、捕食者の餌食となる。さらに、放流魚は自然の餌やその在処を知らない。そのため、放流魚は餌(栄養)不足に陥る。
放流後の状況を私たち人間に例えるなら、過保護に育てた幼子をジャングルに放り出すようなものだ。
対策としては、放流魚を地先の海水に慣らしながら放流するのが効果的だ。被食対策としては、あらかじめ放流場所の捕食者を調べたり、捕食されにくい大きさの放流魚を放流するのもいいだろう。
さらに、放流場所に同種の天然稚魚がいれば、放流魚の手本になる。餌の捕り方や捕食者からの逃避など、生き残り戦術を学べる。
放流後の放流魚の生き残を高めるためには、放流に適した種苗作りや環境の見極めが重要だ。
生き残りや移動を知るための標識
種苗放流のコンセプトは「ある程度の大きさに成長し、生残が見込める放流魚を放流することで、自然界の数千倍もの効率で魚資源を増やす」というものだ。
しかし、実際に前述したように、放流後の放流魚には様々な試練が待っている。どれくらいの放流魚が生き残っているのだろうか。また、放流後の移動や回遊はどうなのだろうか?といった疑問も残る。
放流魚を生産するために、飼育施設の建設や維持管理費、人件費、餌代、光熱費などの経費が必要だ。魚種や魚の大きさにもよるが、放流魚1尾の値段は数十円から百円前後となるだろう。
よって、放流魚の調査研究や費用対効果の検証するために、放流魚に目印を付けることは大切だ。今回は、放流魚の標識方法について説明する。
大きく分けて「外部標識」と「内部標識」がある
・外部標識
まず、ヒレ抜去による標識だ。この標識は、小型のペンチを使ってヒレの根元からヒレごと抜き去る方法だ。マダイやクロダイなどで多用される方法で、抜去は腹ビレが主だ。
キジハタやオニオコゼは、背ビレを支える棘(きょく)が抜去されることもある。
利点は、標識が持続することだ。ヒレをハサミでカットするヒレカットは、1カ月もすればヒレが元通りに再生してしまうこともあるが、抜去は再生しいくい。ペンチなどの簡単な道具で処理が可能で、魚の扱いに慣れていない人でもできる。慣れれば、1日に1人で2千尾くらいの標識が可能だ。
欠点として、ヒレ抜去処理が不完全だとヒレが再生することがあること、抜去のダメージで放流後の生残に影響する可能性があることだろう。また、ヒレ抜去法は、放流場所や時期などの情報を持ち合わせない(情報量が少ない)のも欠点だ。
タグ標識は、放流魚の背中にプラスチックタグを打ち込む方法だ。タグに放流魚の履歴情報が印字できるため、回収された場合の情報量は多い。
例えば、生産された施設、放流場所や放流時期といった情報までも印字できる。
また、プラスチック製のタグは数千から万単位で注文すれば安価になり、タグの打ち込みも値札を打ち込む市販のタグガンで対応できる。
さらには、魚体に応じて色々な大きさやタイプのプラスチックタグが用意されているのも頼もしい。欠点は、魚体への負荷やダメージがあることである。また、タグの脱落が意外に多発する。
放流魚の皮(鱗)下に色のついた色素を注入する入れ墨法もある。色素と注射器があれば標識が施せる。反面、作業が細かいため、魚の扱いに慣れている人しか処理でないことや、1尾の処理に時間がかかるため、大量の放流魚には向かない。
その他、自然標識と呼ばれるものがある。
例えば、カレイやヒラメの体色異常(黒化や白化)、マダイの鼻腔隔皮欠損(鼻の穴が1つになる)、アユの下顎側線孔など、放流魚を人工環境で育てる過程で生じた自然標識だ。
利点は、標識にお金がかからないこと、慣れれば専門知識が無くても識別できることだろう。
欠点としては、自然標識はあくまで人工魚の特徴的な異常や奇形や一種であり、生理生態学的な影響が未知だ。また、自然標識の発症の原因が不明で、発症率がコントロールできない。自然標識を持つ個体割合が低い場合は標識として使用できないことなどである。
以上、タグ標識法やヒレ抜去法などの外部標識について紹介したが、これらの標識に共通する利点は、外観から標識魚であることが分かることだ。
一方で、処理できる放流魚の数には限りがある。数万尾の放流魚の全標識にはやはりお金も時間もかかるだろう。それに、外部標識は脱落の危険がつきまとう。
また、魚体に何らかの負荷がかかるため、小さな放流魚には標識できない。例えば、マダイなどは全長5㎝以上が対象になるだろう。
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