「濡れた岩場でも滑らない!」シューズ。転倒したお客様からクレームが…メーカーに責任は?【弁護士に聞く】

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「釣具業界の法律相談所」は、釣具業界でも起こる可能性のあるトラブルについて、弁護士の先生に聞いて見解や対処方法を紹介するコーナーです。

今回は、「濡れた岩場でも滑らない!最強の釣りシューズ」と謳って販売されたシューズについて、着用したお客様が転倒し、メーカーに治療費や釣り具の修理代を請求した場合、訴えは認められるのかについて弁護士の先生に聞きました。

「釣具業界の法律相談所」のカット
     

滑らないシューズなのに転倒。治療費と釣り具の修理費を請求されて…

当社は主に釣りやアウトドア向けのシューズを製造販売している会社です。

当社商品の強みは、釣り場でも滑りにくいソールを何種類も開発している事です。釣り場は、水に濡れた岩場など滑りやすい場所も多いため、危険が伴います。当社の開発したソールは、テストの結果で他社製品より濡れた地面で滑りにくい事も実証されており、多くの釣り人から支持されています。

ところが、先日、お客様からクレームがありました。内容としては、当社の靴を履いて渓流釣りに出掛けたお客様が、河原を歩いている際に転倒し、顔面を強打。怪我をした上に、掛けていた偏光レンズを破損。さらに手に持っていた釣竿も折ってしまったというものです。

当社の製品は、ソールが滑りにくい事をPRのポイントとしており、販売時も商品に「濡れた岩場でも滑らない!圧倒的なグリップ力!」というタグを付けています。

また、ウェブや雑誌の宣伝でも他社とのグリップ力の実験データも掲載して、「濡れた岩場でも滑らない!最強の釣りシューズ」という文言を使って、商品のアピールをしています。

しかし、クレームを言ってこられたお客様は、「岩の上を歩いていた時に、今まで滑らなかった場所で簡単に滑って転倒してしまった。滑りいくい靴だと聞いて購入したのに、今まで履いていた靴より滑りやすいと感じた。この靴のせいで、怪我をし、さらに道具も壊れてしまった。治療費と道具の修理費を払って欲しい」と言ってこられました。

確かに、当社は消費者に強くPRするために「濡れた岩場でも滑らない!」を宣伝文句として使用していましたが、当社の靴を履いていても、実際には使用状況により濡れた岩場等で滑る事はあり得ます。

釣り人が釣りに行かれるシチュエーションも様々ですし、靴の経年劣化やお客様の歩き方の違い等もありますので、完全に滑らない靴を作るのは現実的には不可能だと思っていますし、その事は釣り人も承知の上で当社商品を購入して頂いていると考えています。「岩場でも滑らない!」と書いてはいますが、「他社製品に比べて相当に滑りにくい」といった意味で受け取っておられると考えています。

当社商品のタグや宣伝にも非常に小さな文字ですが「お客様の使用状況によっては滑る場合もありますので、特に濡れた足場で使用する際は十分にご注意下さい」という文言も入れてあります。

そこで弁護士の先生に質問です。

まず、当社はこのクレームを言ってこられた方の補償をする必要があるのでしょうか。クレームを言ってこられた方は、確かに当社が想定する状況で当社製品を使用されていますが、もし補償するとなった場合、怪我の治療費に加え道具の修理代まで当社が負担する必要があるのでしょうか。

また、当社が宣伝で使用していた「濡れた岩場でも滑らない!最強の釣りシューズ」という文言は、問題があるのでしょうか。ご回答をお願い致します。

(※質問は全て架空の内容です。実際の企業等とは一切関係がありません)。

磯の風景
渓流に限らず、滑りにくい靴を履いていても転倒の危険がある釣り場は多いが…

損害賠償請求は認められない可能性が高い【弁護士の回答】

顧客によると、御社の販売する靴が「滑りにくい靴」だと聞いて購入したところ、実際には滑りやすく、岩の上で滑って転倒して怪我をしてしまったとのことです。そこで、顧客は、御社に対して「契約不適合」を理由とする損害賠償請求をすることが考えられます。

このような顧客の言い分は認められるでしょうか?

結論としては、契約不適合を理由とする損害賠償請求は認められないと考えられます。

「契約不適合」とは、購入した商品が本来備えるべき性能・品質を欠いていることをいいます。契約不適合があり、それによって購入者に損害が発生すれば、損害賠償請求が可能です。もっとも、ご質問の事案では「契約不適合」がないといえます。

ご質問の事案で、御社は顧客に対して靴を販売しているため、御社と顧客との間で売買契約(民法555条)が結ばれています。そして、売買契約の当事者間において、目的物がどのような品質・性能を有することが予定されていたとみることが出来るかは、売買契約締結当時の取引観念に照らして判断されます(最高裁判決平成22年6月1日)。

今回顧客は、今まで履いていた靴よりも滑りにくい靴だと思っていたが、実際には滑りやすかったと述べています。そのため、契約不適合があるといえるのは、「御社の靴が他社の靴よりも滑りにくい性能であることが合意されていたのに、実際には他社の靴よりも滑りやすかった場合」です。

そこでまず、靴の品質・性能についてどのような合意があったかを検討します。

顧客が従前使用していたと考えられる靴や市場で流通している一般的な靴の性能は明らかではありません。しかし、御社が販売した靴は、釣り人が足に着用して水に濡れた場所や凹凸のある岩場を歩くことが予定されており、そもそも滑ったり転倒したりする危険性が高い状況で使用されるものでした。

現代の技術をもってしても、完全に滑らない靴を作るのは現実的には不可能ですので、顧客も絶対に滑らない靴であることまで期待していたとはいえないでしょう。

そのため、御社が顧客に対して実際に販売した靴は、顧客が従前使用していたと考えられる靴や、市場に流通している一般的な靴よりも滑りにくい性能を備えていることが合意されていたといえます。

参考: 契約不適合責任とは?責任内容や期間・免責などをわかりやすく解説

靴に欠陥があった場合は、賠償義務あり

次に、実際に販売した靴が合意された性能を満たさなかったかどうかを検討します。

御社の開発したソールは、テストの結果で他社製品より濡れた地面で滑りにくいことが実証されており、その旨を宣伝していたとのことです。そのため、御社は、従来の靴よりも一定程度滑りにくさを備えた靴として釣りシューズを販売したといえます。

そうすると、顧客に販売した靴の陳列状況等に不備があり、ソールが劣化していたなどの欠陥がないのであれば、御社は、合意された内容通りの靴を販売したことになるので、契約不適合はないといえるでしょう。よって、契約不適合を理由とした損害賠償の請求は認められません。

以上の通り、御社が顧客に対して補償する法的義務はないと思われますが、仮に商品に欠陥があった場合、どこまで補償する必要があるでしょうか。

もし靴に契約不適合・欠陥があったことで転倒し、負傷したのであれば、御社は、販売者又は製造者として、怪我の治療費を賠償しなければなりません。

また、釣りをする際にサングラスや釣り竿を携行することは容易に想定できます。そのため、顧客の携行品の破損も賠償責任の対象範囲内に含まれます。ただし、新品購入直後に壊れたといった事情がなければ、賠償金額は、時価相当額に留まるでしょう。

ケガ人のイラスト
靴に欠陥があって転倒した場合は、治療費等も製造者が支払わなければならない

「最強の釣りシューズ」は景品表示法違反になる?

次に、ウェブや雑誌等の「濡れた岩場でも滑らない!最強の釣りシューズ」という文言等を使用することについては、景品表示法という法律が規制する「優良誤認表示」(景品表示法5条1号)に当たると考えられるので、ご説明します。

景品表示法は、商品やサービスの品質、規格その他の内容について、実際よりも著しく優良であると示したり、他社の商品やサービスよりも著しく優良であると示したりする表示を行うことを「優良誤認表示」として規制しています。景品表示法の規制に違反すると、消費者庁から措置命令を受けたり、課徴金の納付命令を受けたりするおそれがあります。

まず、ご質問の事案では、商品タグなどに「最強の」という最上級を意味する表現に加え、他社の商品とのグリップ力を比較する実験データを掲載しています。他社商品とのグリップ力を比較する実験データを示すだけであれば、御社の商品が比較対象の他社商品よりもグリップ力が優れていることを示しているにすぎません。

しかし、「濡れた岩場でも滑らない!最強の釣りシューズ」という表示があると、釣りシューズを買い求める一般消費者は、「御社の靴が他のどの商品よりもグリップ力が優れており、最も滑りにくい靴であることが実証されている」と認識してしまうと考えられます。

もちろん、商品の品質・内容が他の競合商品と比べて最も優れているという実態があれば、そのような表示をすることも許されます。しかし、そのような実態がないにもかかわらず、最も優れているかのような表示をすると、一般消費者を誤認させるおそれがあるため、優良誤認表示にあたります。

グリップ力に関する実証の詳細は明らかではありませんが、客観的に「最強の釣りシューズ」であることを実証するには、他の商品のすべてのグリップ力を調査し、比較する必要があります。このような比較調査をしておらず、御社が独自に比較対象商品を選んで実験したにすぎない場合には、客観的には最も滑りにくい釣りシューズであることが実証されているとはいえません。

そうすると、御社が行っていた表示は、実際よりも著しく優良であると示したり、他社の商品よりも著しく優良であると示したりするものであって、優良誤認表示にあたるといえるでしょう。

注意書きをしていても「優良誤認表示」になる?

次に、御社は、商品のタグや宣伝に非常に小さな文字で「お客様の使用状況によっては滑る場合もありますので、特に濡れた足場で使用する際は十分にご注意下さい」と注意書きをしていました。このような注意書きがあっても、優良誤認表示となってしまうのでしょうか。

結論としては、このような注意書きがあっても、優良誤認表示にあたることを回避できないでしょう。今回の注意書きのように、「滑りにくい」ことを強調しつつ「滑る場合がある」ことを別途表示することを「打消し表示」といい、優良誤認表示にあたることを回避するために行われます。

ただし、打消し表示は適切なものでなければなりません。適切な打消し表示といえるかどうかは、打消し表示の文字の大きさ、強調表示の文字と打消し表示の文字の大きさのバランスなどを総合的に判断します(消費者庁「打消し表示に関する表示方法及び表示内容に関する留意点 (実態調査報告書のまとめ)」(平成30年6月)参照)。

転倒した人のイラスト
「滑らない」や「最強の」という表現には問題あり?適切な「打消し表示」とは…?

ご質問のケースでは、打消し表示は非常に小さな文字で表示していたとのことですので、適切な打消し表示ではなかったと考えられます。そのため、「濡れた岩場でも滑らない!最強の釣りシューズ」という表示は、優良誤認表示であり問題があったことになります。

以上の検討を踏まえると、優良誤認表示に当たることを回避するには、「滑らない」という断定的な表現から「滑りにくい」という表現に改めるべきです。

また、御社の商品と他社商品すべてのグリップ力を比較・検証していないのであれば、「最強」といった最上級を意味する表現は避けるべきでしょう。

さらに、実証結果を掲載する場合であっても、たとえば「株式会社××が全国の釣りシューズ(××種類)のグリップ力(※)について実施した調査結果です。(※)「グリップ力」とは…をいいます。」などと調査内容についても正確かつ適切に表示すべきでしょう。

優良誤認表示については、以下の記事をあわせてご参照ください。

参考:優良誤認表示とは?事例をもとにわかりやすく解説

【回答者:弁護士法人咲くやこの花法律事務所 弁護士・小林允紀】

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