「釣具業界の法律相談所」は、釣具業界でも起こる可能性のあるトラブルについて、弁護士の先生に聞いて見解や対処方法を紹介するコーナーです。
今回は、倒産寸前の釣具店から、メーカーが自社商品を引き上げると、法律的に問題はあるのかについて弁護士の先生に聞きました。
取引先の釣具店が倒産寸前と知り…
弊社は釣具メーカーです。先日、直接取引を行っているA釣具店の経営が危機的な状況だという噂を聞きました。弊社の営業担当に、実際にA釣具店の様子を見に行かせたところ、週末にもかかわらずお客さんの姿もなく、商品も全体的に減っており、暗い雰囲気でした。
A釣具店には当社は昔から多くの商品を仕入れてもらっています。しかし、近年は支払いが遅れがちになっていました。以前からの未回収の売掛金だけでも約500万円あります。また、先月も商品を納品しており、現在A釣具店にある当社の在庫だけで200万円以上はあると思われます。
A釣具店とは古い付き合いのため、支払いが遅れても担保を取るといったこともありませんでした。毎月の請求金額に対して全額支払う時もあれば、一部を支払う時もあるといった状態が続いていました。先月納品した商品代金については、全く支払われていませんでした。
A釣具店が万一倒産となると、弊社も非常に困った事態になると悩んでいたところ、A釣具店と取引のある弊社と仲の良い会社から「A釣具店は数日以内に閉店し、運営会社も倒産させる事が決まったらしい。今、知り合いの金融機関から聞いた」という電話をもらいました。
私はすぐにA釣具店の社長に連絡し「倒産するという噂がありますが本当ですか?」と問いただしました。しかし、「倒産については答えられない。借金は頑張って返すつもりです」として、明確な回答はありませんでした。
私はA釣具店の倒産は間違いないと思い、A釣具店の社長に「今までの未回収金もあり、先月送った商品の支払いも行われていないため、今店舗にある商品は一旦全て引き上げさせてもらいます」と伝えました。
営業担当にA釣具店にある当社の商品を全て引き上げるように指示し、全品を回収しました。その数日後にA釣具店は閉店し、A釣具店を運営する会社も倒産してしまいました。
回収不能となる金額が大きいと、当社も様々な支払いが出来なくなるため、苦渋の選択でした。結局、当社は債権者となりましたが、回収できた数百万円分は被害が軽減された形です。
ここで、弁護士の先生に質問です。
当社はA釣具店の社長に連絡してから、A釣具店の営業中に自社商品の全てを引き上げました。A釣具店の社長も、当社が商品を引き上げに行った際に、その場にいましたが特に文句は言わなかったようです。
今回当社が行った自社商品の引き上げは、法律的には問題となる事があるのでしょうか。ご回答をお願いします。
(※質問は全て架空の質問です。実際の企業等とは一切関係がありません)
法律的に問題がある可能性が高い【弁護士の回答】
今回御社は、取引先が倒産の危機に陥り、御社に生じる被害拡大を防止するためにやむを得ず商品の引き上げを行われたのだと思います。
しかし、御社が行った商品引き上げには法的根拠がなく、法律上問題があった可能性が高いです。具体的には、違法な「自力救済」に当たる可能性があります。そこで、まず「自力救済」とは何かについてご説明します。
法的権利を有する者は、最終的には裁判上の手続によって権利を実現しなければならず、自力で権利を実現してはいけません。
たとえば、貸したお金を返さない人がいた場合であっても、借主の承諾なく借主の金庫からお金を取ったり、借主の持ち物を売却してお金に換えたりすることは許されません。実際にお金を返してもらうためには、訴訟を起こして勝訴判決を得た上で、強制執行という裁判所の手続によって回収しなければならないのが原則です。これを「自力救済禁止の原則」といいます。
自力救済禁止の原則に違反した権利実現は不法行為(民法709条)にあたり、損害賠償責任を発生させてしまいます。また、窃盗罪(刑法235条)や建造物侵入罪(刑法130条)等の刑事上の責任も問われかねません。
損害の賠償責任を負う可能性あり。窃盗罪になる可能性も…
では、いかなる場面でも、例外なく裁判上の手続を待たなければならないのでしょうか。たとえば、窃盗犯が自分の持ち物を盗み去ろうとしているときであっても、裁判所に訴訟を起こして勝訴判決を取らなければならないのでしょうか。
このような場合にまで裁判上の手続によらなければならないとすると、あまりにも不合理です。例外的に、裁判上の手続によらず、窃盗犯から持ち物を取り返すことが認められてしかるべきでしょう。このような考え方から、ごく限られた場面では、裁判上の手続を経ない権利実現、つまり自力救済が許される例外的な場合があるとされています(最判昭和40年12月7日)。
そして、このような例外が認められるのは、①法律の定める手続によることができない緊急の事情があり、②手段として社会通念上相当であるような場合です。
一方、裁判例の中には、商品の引き上げが債務者の意思に反すること、引き上げた商品の中に他社の物が含まれていたことなどから、債権者が債権回収のために商品を引き上げた行為が違法であるとして、損害賠償を認めた事案もあります(福岡地裁昭和59年6月29日)。
このような裁判例があることを踏まえて、ご質問のケースについて具体的に検討します。
まず、ご質問のケースで、①法律の定める手続きによることができない緊急の事情があったといえるでしょうか。
たしかに、A釣具店は、週末にも顧客の姿がなく、商品数が減っていたとのことです。また、実際、前月納品した商品の代金は全く支払われていないなど、未回収代金もある状況でした。
しかし、御社とA釣具店は、商品引き上げを行う時点で連絡を取ることができていました。突然夜逃げしたわけではなく、商品引き上げの場にもA釣具店の社長がいたため、引き上げのための合意書を取り交わす余裕も十分にありました。
そうすると、裁判手続によっている時間がなく、商品を直ちに取り戻さなければならないほどに緊急性があったとはいえません。仮に緊急性があったとしても、②引き上げの手段が社会通念上相当であったとはいえないでしょう。
たしかに、御社は、A釣具店の社長に事前に連絡を入れていましたし、商品引き上げ時に社長も特段文句を言わなかったようです。しかし、商品の引き上げといった重大な不利益を生じる行為については、「引き上げ同意書」などの書面が交わされるはずです。
今回、商品引き上げにあたって、御社は、A釣具店の社長に対して「今店舗にある商品は一旦全て引き上げさせてもらいます」と一方的に伝えたにとどまります。売買契約を合意解約する、商品の引き上げを実施することについて、書面で承諾を取るといった手続は取られていません。
また、事前に連絡を入れたからといって、当然にA釣具店の「承諾」があったことにはなりません。商品引き上げ時に特段文句を言わなかったとしても、突然の出来事に呆然として文句すら言い出せないこともあり得るからです。
さらに、他社が卸した商品について、御社は引き上げをする権利がありません。引き上げる予定の商品の中に他社が卸した商品が含まれていないことを確認するといった手続を取ることもできたはずですが、そのような手続は取られていません。
そのため、引き上げの手段が社会通念上相当であったともいえないでしょう。
このように、御社が行った商品の引き上げは、例外的に許容される場合にはあたらず、自力救済禁止の原則に違反していたといえるでしょう。そのため、御社は、A釣具店に対して、商品の引き上げによって被った損害の賠償責任を負ったり、窃盗罪などの刑事責任を負ったりする可能性があります。
商品を引き上げるのなら、書面での承諾を取るべき
では、法律的に問題がない形で商品の引き上げを行うにはどうすべきだったのでしょうか。
ご質問のケースでは、御社とA釣具店が古い付き合いだったこともあり、とくに担保などを取ったこともないとのことでした。
この点、代金の担保に関する約束として、売却する商品の所有権を代金完済まで売主に留保することがあります。これを「所有権留保」といいます。所有権留保の合意をしていれば、実際に代金不払いとなったときに、留保した所有権に基づいて商品の引き上げを行うことができます。
また、このような担保を取っていなくても、売買契約を合意解約することによって、引き渡した商品の返還を求めることができます。
先にご説明したように、売買契約を合意によって解約し、解約合意書などを作成しておくことが考えられます。なお、ご質問の事案では、商品の引き上げの際、A釣具店の社長は何も言いませんでしたが、売買契約を解約するとは述べていません。そのため、御社とA釣具店が売買契約を合意で解約したとはいえないでしょう。
もっとも、たとえこのような手段を講じていたとしても、実際に商品を占有している者の承諾なく引き上げを行うことはできません。刑法という法律で、物を占有している者には法的保護が与えられており、無断で物を持ち去ると窃盗罪にあたってしまうからです(刑法235条、最判昭和35年4月26日参照)。
また、相手の承諾なく店舗や倉庫に立ち入る行為は、建造物侵入罪(刑法130条)にあたる場合があります。
ですので、商品を引き上げることについて、A釣具店の店長の承諾を取り、書面を作成しておくべきだったといえます。
正しい売掛金回収の方法については、以下の記事をあわせてご参照ください。
参考:成功する売掛金回収の方法は?未払金や売上回収でお困りの方必読
【回答者:弁護士法人咲くやこの花法律事務所 弁護士・小林允紀】
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