2021年9月中旬から10月までの毎週土曜日と日曜日に、京都府や三重県を流れる木津川(きづがわ)で、竹蛇籠(たけじゃかご)の製作設置講習会が行われていた。
主催は「NPO法人やましろ里山の会」(以下、里山の会)、協力は「京の川の恵みを活かす会」(以下、活かす会)。会場は木津川玉水橋(京田辺市と京都府綴喜郡の間を流れる木津川に架かる橋)の東詰めだ。
竹蛇籠とは、竹材を編んで円筒形(えんとうけい)の籠を作り、その中に石を詰めたものだ。竹蛇籠の歴史は古く、日本では戦国時代には既に使われていたそうだ。目的は大雨等による浸食から堤防を守るなど、主に治水目的で使用されてきた。
竹蛇籠と同じ伝統的河川工法である聖牛(せいぎゅう・ひじりうし)も、木津川に設置されている。聖牛は木材を三角錐に組み上げたもので、聖牛の「おもし」として竹蛇籠が設置される。聖牛は大きさにより大聖牛や中聖牛など多くの種類があり、木津川では中聖牛が設置されている。
聖牛は透過型の水制工(すいせいこう:水流から堤防等を守る構造物)の一種で、増水時の流向制御、流速の低減、土砂の堆積や浸食の促進等の機能がある。
竹蛇籠や中聖牛は、流域の住民を水害から守るために作られてきた。材料も竹、木、石など現地で調達できるものが使われている。昔は大雨が降り、川が増水して氾濫すると、流域の住民が急遽協力して竹蛇籠や聖牛を作り、川のしかるべき場所に設置し、氾濫による被害拡大を防いできたと思われる。
戦国時代から使われていた河川工法。材料は木津川流域で調達
そのような竹蛇籠を自分たちで作っているのが、里山の会だ。竹蛇籠に使われる竹や石は木津川流域で調達されており、地産地消の水制工といえる。参加希望者は基本的に無料で誰でも参加できる。
現地では朝から里山の会のメンバーが作業を行っている。まず、青竹を幅が約45㎜になるよう裁断する。そして節を取り除き、ひびを入れた上で、丁寧に曲げたり踏むなどして柔軟性をもたせる。里山の会では、竹の裁断のために特殊な機械を開発したり、節取りに道路工事用の転圧機を使用するなど、随所に新たな工夫を凝らしている。
裁断した竹材で籠を編む作業はかなり難しい。里山の会では、竹蛇籠の作り方を静岡県で伝統工法を継承する(株)原小組の指導を受けて身に付けたそうだ。
籠編みの際には、籠の端がひょうたんのように膨らまないようにする、網目が大きくなりすぎないようにするなど、様々なコツがある。竹蛇籠を編むには最低2人の協力が必要で、3―4名で作業をするのが効率的だ。
里山の会のメンバーと参加者が協力しながら竹を編み、一方だけが塞がれた長さ2.5mの籠を作る。これを2つ、カプセルのように組み合わせて全長4mの竹蛇籠を完成させる。
使用する竹の硬さや太さによって作業効率が変わるが、初めて参加する人でも、里山の会のメンバーに指導を受けながら、午前中で2.5mの竹蛇籠を2本程度作ることが出来る。
木津川では2015年から竹蛇籠が、2017年から中聖牛が設置されている。中聖牛には1基につき9本の竹蛇籠が「おもし」として使用される。中聖牛は毎年3基設置されており、現在(2021年9月現在)12基が勢揃いしている。
木津川の竹蛇籠や中聖牛は、治水目的に加えて河川環境を改善する目的で設置されている。木津川は河床低下により、たまりやワンドなどが減少しタナゴ類等の生息環境が減少傾向にある。また、河道地形が単調化し、瀬の数も減少した結果、アユ等の産卵に適した場所も減少している。
竹蛇籠や中聖牛などの伝統的河川工法を導入することで、木津川の河床に石底の瀬を形成したり、「ワンド」(河道とつながっている淀み)や「たまり」(河道とつながっていない淀み)などの生息場を増やすことが期待できる。このように河川環境の改善目的で竹蛇籠や中聖牛を設置する取り組みは全国初の事例とのことだ。
竹蛇籠に詰める石間には隙間があるため、多くの水生生物にとって恰好の生息場となる。また中聖牛も土砂の堆積や浸食を促進し、結果として水の流れも変える。その効果は、中聖牛は設置する場所によって異なり、砂州頭(上流側)に置けば土砂の浸食を促し、砂州尻(下流側)に置けば土砂の堆積を促す。どこに置けばどのような効果があるかといったノウハウを確立することも、この事業の大きな目的だ。
たとえば、中聖牛を設置すると、中聖牛のすぐ横に「たまり」が出来、深いところでは水深が1mを超えていた。さらに砂州内には小さな「たまり」が数多くできた。このように位置や大きさ、深さの異なる多様な「たまり」ができた結果、砂州に生息する生物種数が増えることが確認された。
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