一般社団法人南紀串本観光協会の宇井晋介氏の連載「釣りで町おこし」。ここでは、釣りを通じた地域振興などについて話して頂きます。
魚を釣るには様々な釣具が使われ、その釣り方もあまたあるが、その行為自体は凄くシンプルである。魚を針にかけ、釣りあげる。それ以上でも以下でもない。
ただ、釣りあげた魚をどうするかについては、色々な選択肢がある。今回は、釣りあげた魚をどう活かすか、そしてその活用について考えてみたい。
超便利!釣った魚をさばいてくれるお店。地元にとってもビジネスチャンス
釣った魚を釣り人はどうしているだろうか。①食べる、②誰かにあげる、③逃がす(リリース)。大体がこの3つのうちの1つであり、釣り人の多くはこの①の食べる場合と、②の誰かにあげるというパターンであろうかと思われる。
釣った魚を食べられるのは釣り人の特権であり、魚食文化の日本ではごく当たり前の事である。
ただ、釣れた魚を持って帰るだけでは、残念ながら地元の経済活動にはあまり繋がらない。もちろん渡船等のボートサービス等は利益を得られるが、その他は一部の方が宿泊される位で、せいぜいスーパーかコンビニエンスストアでお弁当を買うか氷を買うくらいであろう。
でも、そんな中でもビジネスチャンスはある。最近私の住む串本にこれまでなかった店が立て続けにできた。それは、釣った魚を「さばいてくれる」店である。
串本では大物が沢山釣れる。ブリやハタといったものから、最近はキハダマグロやビンチョウマグロなど、さらに大きなものが長期間コンスタントに釣れるようになってきた。
こうした大物は釣り人にとってはこの上なく嬉しいものだが、一方で、さてこれをどうしようという事になると、大物ゆえに困ったことになる。
マグロは小さくても10㎏、時には50㎏以上の大物も釣れる。当然、普通の釣り人はそんな大物を入れて帰るクーラーなど持っているはずもなく、万が一持って帰れても、それを「さばく」包丁もまな板も技術もない。第一、5㎏程度の魚でさえ、自宅で料理するとなると、世の奥様方に白い目で見られるのがオチだろう。
そこに登場したのが今回のお店である。現在、こうしたサービスをする店は串本に3軒あるが、持ち込んだ魚を綺麗に3枚に卸し、店で売っている様ないわゆる「柵(さく)」にしてくれる。
店によってはさらに真空パック詰めにしてくれる。釣り人は大魚相手に格闘することなく、綺麗にパック詰めされた魚をクーラーに収納するだけで良い。内臓などの始末の心配をする事もなく、出来上がったものも素人とはかけ離れた美しさ。食品としての安全性もお墨付き。これなら、隣近所に配っても、迷惑がられる事もない(笑)。
そんな訳で、最近できたこうした店は、どこも大繁盛である。
今後、こうした店を利用すれば、以前少しご紹介した域内の宿泊施設との連携ももっと進むかも知れない。
すなわち、これまで持ち込まれる魚を宿泊施設で料理して出すという形態が、衛生管理などの理由で宿泊施設側に受け入れられなかった場合、この「さばく」施設を通す事によって、安全な食材を滞在中に提供できる事になるからだ。
自分の釣った魚を滞在先で堪能できる楽しみ。今後の発展を楽しみにしたい。
キャッチ&リリースは「釣りで町おこし」に不可欠
続いて、逃がす(リリースする)という選択。せっかく釣った魚を逃がすという選択は、かつての日本では一般的でなかった。魚食文化が根付いている日本では、釣れた魚は持って帰って食べる、食べきれなかったら近所におすそ分けというのが普通であった。
しかしながら、釣りはあくまでも遊び&スポーツ。「釣れた魚は逃がしてあげる」といういわゆるキャッチ&リリースの考え方が、この日本でも定着してきた。
元々、キャッチ&リリースは魚をあまり食べない欧米発祥の考え方で、若者文化としての釣り、特にバス釣りで一気に普及した。
ブラックバスは元々食用として日本に入ったと言われるが、そのゲーム性の高さからゲームフィッシュとしての価値が高まり、キャッチ&リリースとの親和性はすこぶる良かった。その後、普及したシーバス釣り等にもこれは受け継がれている。
魚を釣ることを遊びの目的とする以上、キャッチ&リリースは非常に都合がいい仕組みだ。釣った魚を全ての釣り人が持って帰ってしまったら、その資源量は釣り人の数だけ目減りしていく。
その点、釣れた魚がそのまま残れば、釣り場としてのポテンシャルはいつまでも失われない、すなわちいつまでも楽しめ、そして経済効果を生み出す。今流行りの、SDGs(持続可能な開発目標)である。
魚資源が急速に減少する現代、魚資源の持続的利用は「遊漁」の面でも極めて大事になる。今後様々な魚種でこのリリースが積極的に行われる事によって、産業としての釣りが持続的な遊びになれば最高であるし、それなしでは釣りを使った町おこしも絵にかいた餅になる。
今後、あらゆる釣りジャンルでキャッチ&リリースの文化が根付いていく事が、将来釣りが地域産業として認められていくには不可欠であると言える。
釣れた魚を「売る」という新しい選択肢。西伊豆の画期的な取り組み
釣れた魚の新しい利用という事では、今、伊豆で行われている全く新しい取り組みが広く世に知られるところとなっている。それが「ツッテ西伊豆」という取り組みである。
業界の方ならすでにご存知の方も多く、馬の耳に念仏という事にもなるが、あえてここで紹介させて頂きたい。
これを立ち上げたのは、西伊豆で釣りを使った観光施策に取り組んでいるMさん。Mさんは役場の職員さんでありながら、数々のユニークな試みを成功に繋げてきた方で、もちろん釣りも大好き。その釣り好きが随所に活かされている取り組みの1つが釣った魚を買い取る「ツッテ西伊豆」という取り組みだ。
これは、彼が取り組んで完成した「はんばた市場」という地産地消をテーマにした販売所が営業する上で、魚の需要が多すぎて供給量が全く足りなかったため、観光客や釣り人が町内の提携船で釣ってきた魚を、「地域通貨」で買い取るという試みである。つまり「魚を売る」という新しい選択肢である。
観光客には新たな観光コンテンツとして楽しんでもらい、釣り人たちにとっても自分の釣った魚を買い取ってもらえ、また地域通貨によって地域に還元できるという、画期的な仕組みである。
夕陽の名所でもある西伊豆らしく地域通貨の単位が「1ユーヒ」というのも洒落が効いているが、遊漁で釣った魚を、一般の流通に乗せるというアイディアは、中々思いつかない発想である。
釣り人としては、「沢山釣った(釣れてしまった)魚を、誰かに売れればいいのに」という発想は誰でも思いつきそうだが、実際には、魚の流通には様々な利害者が絡んでいる。
魚を小売りする店は勿論だが、その間に仲買業があり、大元には漁業協同組合がある。組合としては、遊びで釣った魚が自由に流通してしまっては、漁業者を圧迫しかねない。
恐らくは、導入に於いては様々な障害があったものと推察するが、それを見事にクリアして実現した彼の行動力には感服するしかない。
漁業専業者が減っていく現状の中で、今後遊漁すなわち遊びの釣り人の存在・立場は益々大きくなってくると思われ、同時に、遊びの釣りが漁業者に与える影響についても、マイナス、プラス両面で鮮明になっていく。
限られた資源である魚を利用して、遊びの釣り人と漁業者そして地元事業者がウィンウィンで発展していけるか、新しいアイディアにのっとった仕組みづくりが求められている。
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