社員にインフルエンザの予防接種を強制することはできる?拒否された場合の適切な対応は?【釣具業界の法律相談所】

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会社が従業員にインフルエンザ等の予防接種を強制することは法的に可能でしょうか?

今回は、社員に接種を拒否された場合の適切な対応や注意点について、弁護士の先生に解説していただきました。

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釣具業界でも起こる可能性のあるトラブルについて、弁護士が解説するコーナー。今回は、インフルエンザの予防接種にまつわるトラブルです

※以下の質問は全て架空の内容です。実際の企業・団体等とは一切関係ありません

人ごみに行く事が多い繁忙期。社員に予防接種を拒否されて…

弊社は釣具メーカーです。社員は3名の会社なのですが、先日、インフルエンザの予防接種について新入社員とトラブルになってしまいました。

釣具業界では、例年1月から4月頃まで全国各地でフィッシングショーや展示会等が多数開催されます。毎年、弊社も全社員が全国各地を移動し、各地のショーに出展しているのですが、その際に問題となるのが社員の体調管理です。

フィッシングショーでは人が多い会場の中で、多くの来場者と直接話をする機会もあるため、風邪やインフルエンザに罹りやすい状況になります。

もし、社員が1人でもインフルエンザに罹ってしまうと、フィッシングショーや展示会でのプロモーションや営業活動に支障をきたします。最悪の場合、社員全員がインフルエンザに罹患し発症すると、ショーや展示会への参加すら出来なくなり、弊社の売上にも大きな影響が出る事が懸念されます。

そのため、年末には社員全員にインフルエンザの予防接種を受けてもらいます。その経費は全て会社で負担しています。

それ以外にも、各会場での手洗いや休憩をしっかり取ることなど、社員にはしつこく体調管理について指導しています。

さて、年明けから新たに入社してくれたA君にもこういった事情を説明し、「念のためインフルエンザの予防接種を受けて欲しい」と依頼したところ「僕は受ける気はありません」と断られてしまいました。フィッシングショーや展示会以外の時間も、社員同士で同じ車に乗って移動する事や同じ部屋で作業する事も多いため、出来る限り全員が万全の体調で仕事に臨んで欲しいと思っています。

そういった事を説明してもA君は「ワクチンは政府が国民を減らすために打たせている」、「ワクチンを打ってもインフルエンザに罹るのだから意味がない」等の理由を述べ、予防接種を打たない考え方に変わり はありませんでした。

この状況で全国のフィッシングショーや展示会を一緒に全員で回るのは心配もあり、対応に困っています。

そこで弁護士の先生に質問です。

まず、社員に会社の命令としてインフルエンザの予防接種を受けてもらう事は出来るのでしょうか。

また、予防接種をどうしても受けてくれない場合、他の社員のためにも、A君だけ展示会等に連れて行かないという事も考えています。本人は各地のショーや展示会に行きたいと言っていますが、断ってA君のみ別の仕事をしてもらう事は、法律的に何か問題となる可能性があるのでしょうか。ご回答をお願いします。

【弁護士の回答】予防接種を受けるよう命じることはできない

まず、御社は、社員の体調管理やインフルエンザの発症予防のために、社員に予防接種を受けるよう命じることができるのでしょうか。

結論から述べると、会社は社員にインフルエンザの予防接種(以下、単に「予防接種」といいます。)を受けるよう命じることはできません。その理由をご説明します。

会社が社員に予防接種を受けるよう命じることは「業務命令」にあたります。会社は、雇用契約上の根拠があれば、業務全般について必要な指示や命令を出すことができます。

この点、会社が社員に出した精密検査の受診命令の適法性が問題となった事案では、就業規則に健康回復を目的とした会社の指示に従うことが定められており、精密検査を受診させることが健康回復という目的との関係でも合理性・相当性があるとして、受診命令が適法と判断されました(最高裁判所判決昭和61年3月13日・電電公社帯広事件)。

この裁判例を踏まえると、業務命令が適法となるのは、①就業規則に定めがあるなど契約上の根拠があり、②業務命令を出す合理性・相当性がある場合といえます。

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予防接種を受けるよう命じるのは「業務命令」。では、その業務命令は適法か?

そこで、ご質問のケースについて検討します。

まず、御社の就業規則などの内容は明らかでありませんが、体調管理や感染予防のため会社の指示に従わなければならないといった定めがあれば、体調管理や感染予防のための必要な指示をする雇用契約上の根拠はあるといえるので、前記①を満たします。

では、予防接種を受けさせる業務命令に合理性・相当性はあるでしょうか。御社が社員に予防接種を命じる目的は、各地で行われるフィッシングショーや展示会に参加する社員の体調管理を万全にし、インフルエンザ発症を予防して営業活動に支障が生じないようにすることにあります。

たしかに、フィッシングショーや展示会には多数の来場者が集まり、御社の社員が来場者と直接話をする機会も多く、ショーや展示会以外の時間でも社員同士が接触する機会があるのであれば、御社の社員はインフルエンザを発症するリスクが比較的高いでしょう。そのため、社員に予防接種を受けてもらう合理性はあるかもしれません。

しかし、予防接種は腕に注射針を刺して行われるものです。わずかであるとはいえ、身体的なダメージがあります。また、予防接種はウイルスへの免疫をつけるもので、インフルエンザの発症を予防する一定の効果がありますが、副反応として、接種した場所の赤み、はれ、痛み等の症状が比較的よく見られます。また、全身症状としても発熱、頭痛、悪寒、だるさなどの症状が見られます。さらに、まれではあるものの、アナフィラキシーショックなどの重い副反応の例も報告されているようです(以上につき、厚生労働省「健康・医療 インフルエンザワクチン(季節性)」のウェブページ参照)。

このように、予防接種は人体への影響があり、予防接種を受ける者への不利益が大きいので、社員には予防接種を受けるかどうかを自分で決めるという「自己決定権」があるといえるでしょう。

一方、体調管理や感染予防のためであれば、日頃の体調管理のほか、十分な休息、マスクの着用、手洗い、うがい、部屋や移動に使用する車の換気などによって対策可能です。

このような事情を踏まえると、御社がAさんに予防接種を命じることは、Aさんの自己決定権を害し、インフルエンザの発症予防という目的との関係で相当とはいえないため、前記②を満たさないでしょう。よって、会社は、予防接種を受けるよう命じることはできず、予防接種を受けるよう説得できるにとどまるというべきです。

社員Aを展示会に行かせず、別の仕事をさせるのは違法?

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もし、Aさんが原因でインフルエンザが社内で蔓延したら会社側も困ることに…。どう対応すべきだろうか?

では、予防接種を受けない従業員に別の仕事を命じることはできるでしょうか。

結論として、契約上の根拠があれば、業務上の必要性・合理性がある限り、Aさんに別の仕事をするよう指示することは適法です(最高裁判所平成5年6月11日判決・鹿児島自動車営業所事件参照)。ただし、嫌がらせ目的などの場合には業務命令権の濫用になるため、実際の対応には慎重な検討が必要です。

まず、Aさんとの雇用契約の内容は明らかではありませんが、ショーや展示会に参加する業務以外の業務も業務内容に含まれているのであれば、Aさんに別の仕事をしてもらう雇用契約上の根拠はあるといえるでしょう。

次に、ショーや展示会に連れて行かず、別の仕事をしてもらう必要性・合理性について検討します。

ショーや展示会は、インフルエンザが流行するシーズンである1月頃から開催され、その会場では不特定多数の来場者と直接話をするとのことです。会場の広さや人ごみ具合、換気設備の有無などの事情は明らかではありませんが、会場でインフルエンザに感染する可能性は比較的高いといえるでしょう。

そして、インフルエンザを発症してしまうと業務に支障が出るので、インフルエンザを発症しないよう対策する必要性があります。

また、会場での手洗い等をさせていても、社員間でのインフルエンザの感染や発症を完全に予防できるわけではありません。そのため、予防接種を受けておらず、インフルエンザ発症のリスクが他の社員よりも高いAさんをショーや展示会に連れて行かないことも不合理とはいえません。よって、Aさんが予防接種を受けていないことを理由に、ショーや展示会に連れて行かず、別の仕事をさせることも可能でしょう。

ただし、嫌がらせ目的などの場合は業務命令権の濫用になるので(労働契約法3条5項)、注意が必要です。この点、Aさんは「ワクチンは政府が国民を減らすために打たせている」などと言って予防接種を拒否しているようです。このような状況でAさんをショーや展示会に連れて行かなかったとすると、予防接種を拒否したことへの嫌がらせと受け止められかねません。

そこで、会社は、Aさんに対して、ショーや展示会に参加するとインフルエンザに感染するリスクがあること、予防接種を受けていれば感染しても発症を抑える効果が期待できることのほか、予防接種を受けない場合別の仕事をしてもらう業務上の必要性があることを丁寧に説明しておくべきでしょう。

【回答者:弁護士法人咲くやこの花法律事務所 弁護士・小林 允紀】

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