【マルシン漁具】龍神元気社長、「三方よし」で会社を伸ばす

スペシャル ニュース

 (株)マルシン漁具(大分県中津市本社)では2019年に創業者である龍神國廣氏が代表取締役社長を退任し会長に就任、新社長に専務取締役だった龍神元気氏が就任した。新社長となった龍神元気氏に、今後のマルシン漁具をどう舵取りしていくのか、本社で伺った。

大分県中津市にあるマルシン漁具の本社
大分県中津市にあるマルシン漁具の本社

創業後初の社長交代、営業や海外工場の担当を経て社長に

 龍神元気社長は1977年生まれ。大学卒業後、2000年にマルシン漁具に入社。当初は事務系の仕事を担当した。

 2001年より営業となる。当時はマルシン漁具の取り引き先が全く無かった北海道を担当する。初年度は売上を作る事は出来なかったが、北海道という地域性のある市場に向けた商品の研究や開発を進め、翌年には初めての取り引き先が出来る。さらに次の年には取り引き先も拡大し、扱ってもらえる商品数も倍増。その後、北海道はマルシン漁具にとって重要な地域の1つとなる。

 龍神元気社長は2012年まで営業を担当し、その後、中国工場の担当を任される。

 マルシン漁具では、中国に協力工場が30社以上ある。定期的に主要な協力工場を巡回し、商品開発の打合せや指導を行う他、北京や威海(ウェイハイ)のショーの視察など、海外出張を続けながら、協力工場との関係強化や新規の業者開拓を行い、現在に至る。

マルシン漁具の龍神元気社長
フィッシングショーの会場でブースに立ち寄るお客さんに挨拶する、龍神元気社長

前社長(現会長)、新社長の後に立って支える

 今年、社長交代となった背景は、1つは創業者である前社長・龍神國廣氏が70歳という区切りを迎えた事だ。前社長は、以前から「私は70歳になったら社長を退く」という事を社内に伝えてきた。もう1つは、前社長がしっかりしている間に、新社長の後に立って、新社長を支えられる体制にした方が良いとの判断だ。

 そもそも、マルシン漁具は龍神國廣氏が33歳の時(1982年)に創業した会社だ。それ以来、龍神國廣氏は妻と一緒に、会社を伸ばしてきた。東日本大震災のあった2011年など、特別な年を除いては、毎年増収増益を続け、会社の規模も拡大し、社員数も増え、今では売上高も10億円に迫るところまで来ている。

 創業以来、初めての社長交代となり、マルシン漁具にとって2019年は大きな節目の年となっている。会社を引き継ぐ龍神元気社長に、今後どういった形で会社の舵を取っていくのか伺った。

マルシン漁具のブース
フィッシングショーの会場で賑わうマルシン漁具のブース

短期では知名度アップに取り組む。SNS等も積極的に活用

 「私が社長となり、やりたい事や変えていきたい事が沢山ありますが、少しずつ着実に実行していければと思っています。
 まず、短期と中長期でしなければならない事を分けて考えています。

 短期の取り組みとしては、一般のユーザーの方に、『マルシン漁具』や『ドラゴン』など当社の社名やブランド名をもっと知って頂き、知名度を高めたいと思っています。そのために、ユーチューブやツイッターなどネットやSNSにも力を入れる必要があります。知名度を高める事は、当社商品を取り扱って頂いている販売店様のためにもなります。

 社内的な話で言えば、在庫管理の精度を更に高める事です。昔と比べると、今はデータ上の数と実在庫の数が全く違うといった事はほとんどありません。しかし、この状態に満足せず、完璧を目指してよりシステムの精度を高めていきます。

 当社では毎年500―600アイテムをリリースします。きちんと目配りをしていなければ、在庫は膨れ上がります。ですから、精度の高い在庫管理が必要なのです。また、商品開発のレベルを高める事と、不動在庫を見切る判断もより厳しく行っていく必要があると考えています」

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